2009年12月28日 (月)

私のカメラ&撮影スタイル...ニコンD300とオリンパスペンE-P1をセットで常時携帯

このブログでは、自分で撮った写真を出来るだけ多く掲載することを目標にしていますが、どんな装備でやっているのか明らかにしておきたい。ちょっと遅きに失した感もありますが。

現時点の常用カメラはニコンD300とオリンパスペンE-P1である。
他に古くなったニコンD80、リコー Caplio GX100があるが、今はほとんど使っていない。

ニコン用のレンズはいつの間にか数が増えて6本もある。
      NIKON 18-200mm F3.5-5.6
      NIKON 70-300mm F3.5-5.6
      SIGMA 35mm F1.4 大口径単焦点
      SIGMA 10-20mm F3.5 超広角ズーム
  ※ SIGMA 50-150mm F2.8 大口径望遠ズーム
  ※ TOKINA 16-50mm F2.8 大口径標準ズーム

オリンパスペン用のレンズは2本。純正はこれしか発売されていない。 
   MZUIKO 17mm F2.8
      ※ MZUIKO 14-42mm F3.5-5.6 

私の撮影スタイルは基本的にはスナップ派だが、実際には関心のあるものは何でも撮ってしまう。
D300とE-P1は「メインとサブ」の関係ではなく、「同等」に扱っているのが、私の場合の特徴かも知れないと思っている。体力があればD300を2台持ちたいところだが、そんなことは間違っても出来ない。
そこで、「D300+SIGMA 50-150mm F2.8」と「E-P1+MZUIKO 14-42mm」をメッセンジャータイプのバッグに入れて撮影に行くことが多い。これで、35mm判換算28~225mmをカバーできる(一部重複するが)。ポイントはレンズ交換無しで、即応できることだ。
マイクロフォーサスのオリンパスE-P1は本当に写りがよいので、一眼レフの代用が立派に出来るのです。

さらに小型のリュックにして、TOKINA 16-50mm F2.8を追加することも多い。この場合は広角サイドが35mm判換算で24mmまで拡大でき、また、大口径だから暗いところで威力を発揮でき、とても重宝だ。
10月のミャンマー行きもこのスタイルでした。

ところで、D300の性能は凄いです。今まで撮れなかった写真がばりばり撮れる。
例えば、高感度だから、大口径レンズを組み合わせると、少々暗くても、ブレの無いくっきりとした写真が確実に撮れるのを実感しています。
D300の難点は重いと言うことぐらいか?と言ってももっと重い機種は幾らでもある。

一方、E-P1はとにかく小さく、軽い。それでいて写りは充分満足できるレベルだ。難点はファインダーが無く、コンパクトカメラと同じように液晶で被写体を見るのだが、光が強く当たると画面が認識できないことが往々にしてあることだ。この点に関しては、多分要望が強かったのだろう、最近出たE-P2にはEVFが付けれるようになった。最初からそうしてくれれば...とメーカーを恨む。
それからレンズが今のところ2本しか出ていないのが問題かも知れない。私自身はあまり困っていないが、レンズが増えれば自由度は増すので大歓迎だ。特に、近々発売が予定されているコンパクトな超広角ズームに期待している。

出力(プリンター)の方は、
    CANON Pro9500
            CANON  i P4600
だが、9500の方は失敗だった。これはA3サイズまで印刷可だが、光沢タイプの用紙が使えないのだ。
もっぱらi P4600を使っているが、A4までしか印刷できない。したがって、コンテスト応募などの場合は写真屋さんへ出すか、ネット注文している。
近くに信頼の置ける写真屋さんが無い場合は、ネット注文の〝FUJIFILM ARGENTO〟をお勧めします。これは銀塩写真と同等の高品質プリントです。素晴らしい出来上がりが期待できます。

☆ ☆ ☆

Photo紅葉の写真を掲載するの忘れていた。こんな時期に!
(京都永観堂周辺 「D300+SIGMA 50-150mm F2.8」)







Photo_5〝ジャンプ〟
(名古屋栄 「D300+SIGMA 50-150mm F2.8」)








Photo_4〝ハロウィン〟
(名古屋栄にて 「E-P1+MZUIKO 14-42mm」)




Photo_2 〝ミステリーゾーン〟
(大須の裏通りにて 「E-P1+MZUIKO 14-42mm」)







私の場合、人物を写すのがメインなのだが、肖像権の問題があり、ブログに掲載できないものが多く、残念です。
なお、海外旅行の写真はある程度、許容されると考えています。

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2009年12月24日 (木)

〝あいちトリエンナーレ2010〟にもっと注目して欲しい...鉄板TV、折々折男などが今見られる

「あいちトリエンナーレ2010」ってご存じですか?
2010年、名古屋市で国際的ビッグイベントが二つ行われる。一つは、〝生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)〟であり、もう一つが、〝国際芸術祭 あいちトリエンナーレ〟だ。しかし、COP10に比べてトリエンナーレの市民の認識はかなり低いようだ。
かく言う私も、計画は知ってはいたはずだが最近までほとんど意識にはなかった。マスコミ等で取り上げられることが少ないからだと思う。

10日ほど前に、高蔵寺駅前の通路を、妙な矢印マークが着いた四角い箱を頭に被った、幽霊のような恰好の人たちが徘徊していた。手渡されたパンフを見て、このイベントのPRだと言うことが分かった。
数日後、久屋大通のラシックの前あたりに蛇腹式の風変わりなテント小屋があるのに気がつき、行ってみると、なんと、これがトリエンナーレのPRブースだった。
説明を聞いて分かったのは、市内四カ所にアート作品の展示を兼ねたPRブースがあり、これら四カ所を廻るスタンプラリーをやっているのだ。
そして、係員(ボランティア)から聞こえてくるのは、このブースに訪れる人は多くなく、したがって〝トリエンナーレ〟の市民の認識度もまだ極めて低いと言う嘆きの声だった。
しかし、本番の会期2010.8.21→10.31まで、7ヶ月以上あるのだから、これからが勝負だと思う。私としても、国内外の現代美術作家が大勢参加するこのイベントに大いに期待しているので、準備状況等に注目して行き、このブログでも(勝手に)取り上げたいと思っています。

〝あいちトリエンナーレ2010〟のテーマは「都市の祝祭」となっていて、美術館での展示だけでなく周辺の街にまで広げて、祭りのように賑やかに盛り上げて行くと言うコンセプトになっている。
今やっている「4カ所のアートブースを巡るスタンプラリー」も、〝まちなか展開事業〟と位置づけられている。
先日、このうち3カ所を廻った。以下にその写真を。

PhotoPhoto_2高蔵寺駅前でのPR活動。赤い矢印(AとTの組み合わせ)が、シンボルマーク。




【アートブースA;鉄板TV・・・テレビ塔直下】
Photo_3厚さ1mmの鉄板で出来たミニ放送局。
ここで音楽ライブ、お笑いなど、いろいろ番組を作って、インターネットで配信。(www.teppantv.net


【アートブースB;折々折男・・・久屋大通愛の公園】
Photo_4Photo_5「折る」という日常的な行為の連続から生まれるドーム空間。
とても美しいですね。


【アートブースC;アートの家・・・錦パークビル公開空地】
Photo_6積層されたセメント板による1坪ギャラリー。中は二つの空間に分かれ、二つの作品が収容されている。



Photo_7Photo_8 




いずれも、小さいながらもユニークで面白い作品だと感じました。
なお、アートブースDは、「一巻図書IKKAN・・・伏見地下街」で、漫画や小説の「一巻」のみを所蔵する図書館。寄贈を受け付けている。休日は休館になり、私はまだ行っていない。

★〝あいちトリエンナーレ2010〟の公式サイト→http://aichitriennale.jp/index.php
★トリエンナーレとは3年に一度開かれる国際美術展覧会のこと。

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2009年12月17日 (木)

秋葉山円通寺の「火渡り神事」を見た

ミャンマー旅行の記録を長々と掲載している内に、今年も押し詰まってきた。

昨夜、熱田神宮の一角にある秋葉山円通寺で〝火渡りの神事〟があった。祭神の秋葉大権現は火防(ひよけ)・火伏せの神であり、当円通寺では例年12月16日に、この行事を行っている。
6m四方の、松の枝などを敷き詰めた床に火を放ち、その上を裸足で、行者、信者、一般の人の順に、「火防守護」「緒難消滅」「福徳延命」などを祈念しつつ走り抜ける。
当然のことながら、火の勢いの強い最初に渡る行者の人は大変だ。もの凄い勢いで通り抜けた。ものの1秒もかからぬくらいで。
一般の人々が渡る頃は、火床も黒くなってきて、かなり温度が下がるようだ。
時には怪我人も出る、過酷な行事だ。

初めてだったので様子が分からず、階段の上から望遠で撮ったので、写真はよくないですが、記録の意味で以下に載っけておきましょう。

PhotoPc161829
〝火渡り神事〟が行われる広場



Dsc_9121Dsc_9122着火とその直後の様子




Photo_2Photo_3左;炎高く
右;これは三番目ぐらいの行者



Photo_4Photo_5さらに行者が渡る




Photo_6Photo_7 信者が次々と渡る




Photo_8Photo_9足下のアップ。




Photo_10 終わりはこんな感じ。
秋葉山円通寺の本殿が見える。

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2009年12月 8日 (火)

ミャンマー旅行で見たもの10(最終回)...補完/イラワジ川、白亜の仏塔、ポッパ山など

15日間も熱帯モンスーン気候の土地を旅行したというのに、体の方はすこぶる快調で、気分も爽快なまま旅を終えることが出来た。
暑さは生半可ではなかったが、日が経つにつれ徐々に馴れた。乾期に入ったところだったせいもあるようだ。聞くところによれば、4,5月頃の暑さは凄まじいらしい。
また、脂っこいと聞いていた食事も全然気にならなかった。何でもかんでも油で揚げてあるのだが、野菜や川魚が多く、私には合っていたようだ。

軍事政権下のミャンマーだが、今回の観光ツアーの範疇では、ほとんど意識することはなかった。しかし、現実には、足を踏み入れることが禁じられている地域もあるし、鉄道や橋の写真を撮ってはいけないと、我々も注意された。そういう場所には、警告文が書かれた〝真っ赤な看板〟が立っていて、ああそうか、と気づくのでした。
それから、駅や公共の建物の周りに銃を持った兵士が居るのを、何度も見た。

諸外国が投資を控えていることもあり、経済面の発展が決定的に遅れていることは、旅行してみるとよく分かる。
しかし、それが人々の素朴さ、アジアの原風景というべき農村の姿を残していて、写真を撮るのを趣味にしている者にとって、大いなる魅力に映るのです。

さて、この旅行記も10回目なので、この辺で締めくくりとしよう。
なにしろ、行き当たりばったりに書いてきたから、抜け落ちがかなりあることは承知しています。最後に、気になっているところを少しだけ補完しておきたい。

【イラワジ川(エーヤワディー川)】
延長2200kmを超える大河イラワジ川は古来、交通路として重要で、我々のツアーでもマンダレー~ミングォン間、パコック~バガン間で利用した。川は広いところで800mもあり、満々と水を湛えゆったりと流れる。船の甲板で朗々とした風景を眺めているととても平和な気分になる。日射しは強烈だが、風が心地よかった。
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しゃれた赤い帆の小舟...時折、大型船も通る。


Photo
これはミングォン付近の支流の渡し船。



34 岸辺の風景。
身を清める夫婦...洗濯する女達(賑やかな声が聞こえそう)...


5_2Photo_2屈託のない子供達 。
巨大なススキのような草は、ホウキの材料になる。


Photo_3Photo_4 船着き場



【シュエターリアン・パゴダ=巨大寝釈迦仏】
モンユワ近郊。長さ111mの寝釈迦仏と、高さ130mの立像が一緒に見られるパゴダ。最近完成したもののようだが、行ってみると突然の修復工事が始まったところで、寝釈迦仏は足場で覆われ、見るも無惨な姿だった。
6
寝仏と立仏を一度に見るたには、遙か遠くで車を止めねばならない。



78寝釈迦仏。人物との比較で大きさが分かる。




【カウンムード・パゴダ=白亜の仏塔】
サガインにある、白亜の仏塔。純白のその姿は掛け値なしに美しい。しかし光が強すぎて写真が撮りにくかった。1636年建立。
9遠景。遙か先に、二頭のライオンに守られたカウンムード・パゴダが見える。



1110_2近すぎて、なかなか全体像が写せない。
高さ45m。






12pa091155s木陰で休んでいた子供達




【ミングォン・パゴダ=世界最大を目指した未完成巨大パゴダ】
1790年、コンバウン朝ボードパヤー王が、世界最大のパゴダの建設を始めたが、王の死で中断。高さ49mの基台が残っている。完成の暁には150mの仏塔になったはずなのだそうだ。
13 巨大な台座...この上に登ってみた。




Photo上からの眺望...堂々たるイラワジ川が素敵。
スケッチする人とそれを見入る子供...



14〝ミングォンの鐘〟
これは世界最大級と言われ、150mの巨大パゴダに納められるはずだったもの。今は近くのお堂に据えられている。


以上、3カ所のパゴダはいずれもマンダレーの周辺に位置する。かつてマンダレーが都として繁栄した証しでもある。

【ポッパ山】
バガンの東方に標高1518mの死火山〝ポッパ山〟がある。この裾野にポッコリと岩峰が突き出ている(標高737m)。あまりに奇妙な形であるため、古くから土着信仰〝ナッ信仰〟の聖地となってきた。言い伝えでは、ポッパ山の噴火の際に、山頂部分が吹き飛び、ここに落下したのだという。
頂上に行くには、麓の門前町タウン・カラッから777段を登る。もちろん裸足でだ!
15
この岩峰、〝小ポッパ山〟と呼ぶこともある。



FPhoto_2狭い頂上には、ごちゃごちゃと、お堂がある。 
危なっかしいところで電気工事中。






16b16a参道のきわに小学校があって、僧衣をまとった子供が門の前で遊んでいた。






Photo_3学校の直ぐ向かいには店が並んでいる。これは〝シャカトウ〟という果物を売っているところ。



【ポーウィン山】
この山も死火山で、たくさんの洞窟寺院がある。
17a17c_2 洞窟の入り口より明らかに大きい仏像も多数。地山の砂岩を彫り抜いたものだ。







18b18as参道や麓で見つけた。物売りの女性のようだが、押しが強くないのがよい。
悠然と煙草をふかす老人。


18c18dsここの猿たちは餌付けされていて、参道には餌を売る女性がいる。向こうの方に猿が待機中なのが見える。
そう言う訳で、この母子猿も近づいても全く逃げない。



【おまけ】
19sPhoto_5牛と遊ぶ子等。




21s これはパゴーの町のシンボル。
パゴーの町が海の中にあった時代のこと。小さな島があったが、鳥が1羽棲むスペースしかなく、伝説の鳥〝ヒンタ〟は、オス鳥がメス鳥を背中に乗せて棲んでいたという...「慈愛」を象徴

22 ヘーホー空港にて。
この赤い花はよく見かけた。ミャンマーに似合う花だと思う。




ミャンマーの現状を、この国に住む人々はどう感じているのだろうか?
短期間の旅行だったが、人々の生活は、物質的には充分でなくても、精神的には極めて安定しているように思えた。それは広く深く浸透している仏教の所為かも知れない。
「ミンガラーパー(こんにちは)」と声を掛けると、必ず笑顔とともに返事が返ってくる。その爽やかさが堪らず、行く先々でまた挨拶をする...

数年の後、もう一度ミャンマーを訪れてみたい。その時には、「どう変わっているか」、あるいは「変わっていないか」、是非確かめてみたい。

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2009年11月29日 (日)

ミャンマー旅行で見たもの9...チャイティーヨー/危うく、厳かに、そして美しく

ヤンゴンの北東150kmほどのところに、チャイティーヨーという奇妙な名前の場所がある。そこは、数百m(正確な高さ不明)の山のほぼ山頂付近で、これまた奇妙なパゴダ(仏塔)があって、ミャンマー屈指の巡礼地になっているのです。
百聞は一見にしかず、写真を見れば直ぐに分かる。山頂の岩山の上に危うく乗っかるひとつの岩...ほとんど一点で接しているような...落ちそうで落ちない岩。この岩の上に高さ7mの仏塔がくっついている。仏塔には仏陀の頭髪が祀られていて、そのおかげで岩が落っこちないのだという。
男性1人が押すと揺れるそうだが、台風にも地震にも耐えてきた。
その不思議さが人々を引き寄せ、信仰の対象となっているのだろう。
人々は岩の前でしばしお祈りし、金箔を岩に張り付け、そして晴れやかな顔になる...私もそっと岩に触れてみた。糊の油のような黒いものが手にべっとりと付いた。
ここは不便なところで(だから御利益がある!)、麓の村から、ピックアップトラックに乗り換えて40分ぐらい、猛烈に揺られて、さらに徒歩で1時間ほど山を登る。
我々は山頂ホテルに宿泊したが、荷物はリュックに入るだけ。シャワーも水しか出ず。風邪を引くと困るので顔と手を洗っただけで、着の身着のままで寝た。
山頂に泊まったおかげで、夕方~夜~朝の、それぞれ違った雰囲気のチャイティーヨー・パゴダを見ることが出来た。実際に間近で見ると、〝危うい〟だけでなく、〝おごそか〟で、かつとても〝美し〟かった。
夜のライトアップも素敵だったが、裸足で歩く長いアプローチは蛾や蝉がいっぱい落ちていて、虫の嫌いな人は卒倒しそうな雰囲気。
朝早く、パゴダ(ゴールデン・ロック)を見に行くと、一面、霧の中。その中を行き交う人の姿が幻想的で面白かった。

PhotoPhoto_2麓のターミナルからピックアップトラックに乗る。これが〝カミカゼ〟運転で有名。 
トラックを降りて今度は徒歩で登る。手荷物は担ぎ屋に頼めるし、駕籠もある。

SDsc_8357sパゴダのいわば境内への入り口。ここで裸足になる。



S_2S_3お坊さんが通ると、あたりの空気が締まる。
お堂のはるか前で祈る女性(仕事中のようだ)。






8400s S_4何故か、この日は煉瓦を運ぶ人がたくさん。
女性は頭の上に。男性は首・肩の上に載せる。

S_5 





S_68371s幻想的な雰囲気。




S_8仏塔(ゴールデンロック)を遠景で見る。




S_98301s日が当たった時の荘厳な輝きは何とも言えない。







8302sS_10
見る角度で、〝危なっかさ〟が異なるのが面白い。
ほとんど1点で接しているようにも見える。
S_11S_12お参りして、金箔を貼る。




S_13夕日も落ちて暗くなってきた。黒々としたロックもいい。遠くに川が光っているのが見える。



S_14Dsc_8331s 夜景。空中の光る点は、みんな虫だ!
タイル面に仏塔が逆さに写っている。







S_19 仏塔の前のお堂で祈る僧侶達。




S_18こんな表情も見せる。光の加減で千変万化!
美しさにしばし見とれる。







S_15S_16 山頂にも小学校があるらしく、朝の登校。子供はいつも元気いっぱい。右の子は鞄を頭に掛けている。


S_17
これは面白いでしょう!
ホテルのすぐ前のお釈迦様...犬もお参り?

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2009年11月22日 (日)

ミャンマー旅行で見たもの8...ヤンゴン/朝の風景、中央駅、市役所、巨大なパゴダ、美しい寝仏

ヤンゴンは、首都の座をネピドーに譲りはしたが、ミャンマー随一の大都市であることには変わりがない。人口は市街部のみで200数十万人、行政区上はずっと広域になるので410万人ぐらいのようだ。
近年、高層ビルも建ち始めたがまだ数は少ない。かつて、植民地時代に英国によって多数の立派な建物が造られたが、その名残があちこちで見られる。
継続的な課題なのだが、インフラ整備は人口増加に追いつかず、いまだに24時間の電気供給や定期的なゴミ収集などの基本的な行政サービスも行われていないらしい。
そんなヤンゴンの市民の暮らしぶりをつぶさにに見たいと思ったが、限られたツアーの時間内では無理だった。ホンの上辺をかすった程度だが、以下、写真で。

【ヤンゴンの朝の風景】
ヤンゴンのホテルはありがたいことに中心部の好位置にあり、中央駅や市役所なども徒歩10分以内で行けた。例によって、朝の散歩で周辺の写真を撮る。
Photo
ホテルの入り口にはいつも民族衣装の看板娘が居て、行ってらっしゃい!と、送り出してくれる。






Photo_4Photo_5ホテルの直ぐ横の路地へ入る。
異様なパラボラアンテナ!








Photo_6Photo_7朝8時。お茶を飲みながら団らん。




Photo_8 こちらはOLが並んで。




Photo_9Photo_10 急ぎ足で次々とOLが過ぎ行く。




Photo_11Photo_12 朝食をする人も多い。
旨そうな臭いが煙とともに漂う。







SPhoto_14 一家で朝ご飯のようだ。




Photo_15Photo_16さらに脇道を入ってみると、こんな風景。マツダはまだ使用中。ベンツか何かか?ポンコツになっても偉そう。 



Ampm お参りには花は欠かせない。こんな所に〝ampm〟が。




S_8S_9ホテルのすぐ隣にある立派な映画館。
うっかり写真を撮ってしまったが、警備の兵士が銃を持って座っていた(看板の下)。
これが、ミャンマーの現実です。

【教会を改造した仏教寺院を見つける】
S_2 別の朝の散歩で...
中央駅近くのバス停。
この直ぐ傍に変わった建物があった...


S_3遠目にはキリスト教の教会に見えるが、お坊さんが出入りしている。
中に入ってみた。


S_4S_6 正面入り口から覗くと、仏像が安置されていて間違いなく仏教寺院。







S_7 ここを取り仕切っている僧だろうか?
我々にどこから来たか、と聞く。東京も名古屋も知ってるぞと言う。
どうぞ見て行きなさいと言うので、構内を歩いてみた。




S_8S_10 構内には幾つかの付属建物があり、そのうち大きな二つには僧侶がたくさん住んでいる(修行と言った方がよいのか?)ようだ。


S_11S_12 不思議なのは、一般の人たちもかなりの人数が一緒の構内に住んでいること。




【ヤンゴン中央駅ほか】
S_6S_7左;中央駅前の広場 尖塔のある建物が駅
駅前広場の反対側はバス会社の営業所が並んでいる。
左のトラックもバスなのだ。

Photo_17Photo_18 鉄道関係は撮影禁止という声もあったが、中央駅は入場券を買って入ることが出来、撮影も特に問題無かった。


Photo_19Photo_20 待合室までで、ホームには出られない。何気なく撮った写真だが、ホーム中程にいるのは警備の兵士のようだ。



S_4S_5右は改札口を待合室から見たところ。




Photo_21S_3時刻表。本数はきわめて少ない。
売店は1カ所のみ。






S バスから見た風景。これはかつてアウンサン将軍が使った建物だ。



S_2 繁華街を通過。




【市庁舎、スーレー・パゴダなど】
S これもまた、別の日の朝の散歩。
ホテルから数百m南にパゴダの尖塔が見えるので行ってみることにした。



S_2S_3 後で分かったことだが、ヤンゴンの市街はこのスーレー・パゴダを中心として造られていると言う。
したがって、このパゴダはロータリーの真ん中にあるのだ。

S_4 スーレー・パゴダの直ぐ北東角が市役所だ。




S_5S_6 右はロータリーから東を見たところ。インマヌエル・パブディスト教会がある。
左は何の建物か不明だが、由緒ありそう。


S_7裏通りを通ってホテルへ帰る。 
ミャンマーには野良犬(餌をやっているのかも?)が多いが、概しておとなしいようにみえる。


【チャウッターヂー・パゴダの寝釈迦仏】
S_13S_14 昼間の観光の写真も載せておかねば。
ここのパゴダは新しいものだそうだが、寝釈迦仏は大きくかつとても美しい。(全長70m)

S_15S_16 さすがに、足の方からでは異様な感じになる。
でも、この足の裏が凄い。黄金の〝仏教宇宙観図〟だ。右はその解説図。左下端から右回りに1~108の区画があり、それぞれ何が描かれているか示している。

【シュエダゴォン・パゴダ】
S_17 S_18 こちらは、空前絶後の規模を誇るパゴダ。2500年の歴史を誇り、大仏塔の周りには60余りの小仏塔を従えている。すべて金色。
大仏塔は修復中で、作業の人が多数、登っているのが見えた。



S_19S_20 とにかく、いろんな建物がある。どれも立派。
インフラ整備や街造りが決定的に遅れていても、まず仏教施設にお金をつぎ込む...ミャンマー人の心意気と言うべきです。

S_21S_22 左はミャンマーの伝統暦「八曜日」の、月曜日のための礼拝施設で、シンボルの〝トラ〟が居る。
八曜日は方角をも示し、大仏塔の周りに、各曜日の礼拝施設がある。




S_23これは、ボランティアによる構内の清掃。整列した数十人の女性がリズミカルに掃いていく。
ここに限らず、パゴダや寺院の構内は全ての人が裸足になるのだが、綺麗だから全く気にならなかった。


今回の旅行では、スナップ写真を撮るのに忙しく、また面白いので、観光スポットの撮影にはあまり身が入らなかった。そう言う訳で、かなり雑ぱくな旅行記になっています。
あと、2回ほどで終了予定です。
Photo_2
夕方、ホテルに帰る。
お帰りなさいと、迎えてくれたのは朝の娘とは別人?どちらも美人だ。






 

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2009年11月17日 (火)

ミャンマー旅行で見たもの7...僧院での修行僧の生活/ピンクの行列 尼僧の托鉢

ミャンマーでは、男子は一生に一度は出家得度して修行するのが不文律となっていることから、ミャンマー独特のくすんだ朱色の衣をまとった姿を、街や村の至る所で見かける。
ある資料によれば、〝比丘〟と言われる出家して托鉢しながら本格的に修業をしている僧が10万人以上、〝沙弥〟と言われる20歳以前の見習い中の僧はその数倍、さらにそれらを支える多くの在家僧が居ると言う。

そういうこともあって、今回のツアーでは、とにかくお坊さんの写真をたくさん撮った。これまでの写真にも、既に登場しているのだが、改めて特集的に掲載してみた。
本ツアーでは5カ所ほど、「僧院」を訪れているが、そのうちマンダレー近郊の〝マハーガンダーヨン僧院〟、バゴーの〝チャカッワイン僧院〟では、僧達の日常の姿を垣間見ることが出来た。積極的に観光客に開放していて、居室や食事の様子、沐浴する姿なども撮影可能でした。

【マンダレーの朝の托鉢僧たち】
S マンダレーのホテルは王宮のすぐ前だったが、裏通りは田舎のような雰囲気。早朝の散歩で出遭った托鉢僧の行列。



S_2S_3 





【マハーガンダーヨン僧院(マンダレー近郊)にて】
ミャンマー最大、最高位の僧院で、約1000人の僧侶が集まって修行生活を行っている。
外国からの観光客の見学を歓迎しており、気兼ねなく写真も撮れる。

Pa081029sS_249時過ぎ、沐浴中。僧院の施設を見て回っていると、こんなシーンに出遭った。
何を考えているのだろうか?黙々と体を清めていました。




S_4S_23
朝9時40分頃。食事の合図とともに、僧侶達が集まってくる。支援の人たちとの間でセレモニーがあって、その後順次、ご飯をもらって食堂に入って行く。
S_6







S_7S_26白い衣のまだ見習いの少年僧もたくさん居る。ミャンマーでは7~15歳のうちに得度式を行い、さらに20歳を過ぎると修行僧として本格的に出家する。





S_21S_2210時丁度、食事の様子。




S_12S_102階に居室があるようだ。
右は、勉強会?




【チャカッワイン僧院(バゴー)にて】
この僧院も1000人以上の若い僧が修行中であった。
PhotoPhoto_2
回廊を位の高そうな僧や、外国の僧侶などが行き交う。



Photo_3S_13 講堂。その片隅で若い僧が本を読んでいた。




Photo_4居室の中も見せてもらった。すっきりと整理されていました。
 



Photo_5配膳中。




【モンユワの朝 尼僧の托鉢】
S_14S_15 モンユワの早朝、いつものように散歩に出ると、尼さん達の托鉢に出遭う。とても美しいピンクの長い行列。



S_16S_17行列の後ろの方には、まだ背の低い少女の尼さんも多数。




【その他のスナップ】
Dsc_7482s船着き場で船を待つお坊さん。黄色の衣は多分、タイの僧侶。




S_25ポッパ山でのスナップ。一般の人と気さくに触れ合う。





★ウー・ベイン橋★
お坊さんの写真ばかりではつまらないかも知れないので、マハーガンダーヨン僧院のすぐそばにあるウー・ベイン橋をおまけに。
18~19世紀にマンダレー周辺では遷都が何度も行われたが、この地、アマラプラに都が移された時、旧王宮のチーク材を再利用してこのウー・ベイン橋が造られた。
全長1.6km。途中に屋根付きの休憩所があり、物売りが多数、たむろしていた。

S_28S_29再利用の古チーク材を使った橋。荒っぽい造りなのが、かえって趣がある。



S_27S_31左は橋の取っ掛かりにある車止めゲート。
橋を歩いてみると、200年近く経っているというのに、がっしりしていて安心感がある。


S_30
橋上から見たタウンタマン湖の風景。乾期にはほとんど水が無くなるようだ。





S_32S_33最後は子供で締めよう。
物売りの子供達。客寄せに使われていてかわいそうな面もあるが、とにかく可愛いのだ。 

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2009年11月11日 (水)

ミャンマー旅行で見たもの6...バゴーの朝の風景/巨大な仏塔と寝釈迦仏

行き当たりばったりの旅行記になってきた。日程はまるで無視。
撮った写真を見て、面白そうなところ、よく撮れているところ...要するに印象が強かったところ...を順次、取り上げていると言うことです。

次はバゴー。ヤンゴンの北70kmにあり、マンダレー、バガンと並ぶ古都である。しかし、栄華はその昔、今行ってみるとかなりの田舎である。
それでも、素晴らしいパゴダ(仏塔)や寝釈迦仏があり、かつて古都であったことを実感できる。

☆シュエモード・パゴダ
SS_2この仏塔は高さが114mもある。1200年以上の歴史があり、最初は25mの小さな塔だったが、地震にあったりして何度も改築され、1954年にこの高さに到達した。

S_3S_4金箔が貼られた鐘の形の内部には、釈迦の聖髪と歯が納められているという。また塔の先端にはダイアモンドが。





☆シュエターリャウン寝釈迦仏
S_5



S_6S_7ミャンマーでも有数の巨大寝釈迦仏。全長55m。超広角レンズでないと全身は撮れない。また、古さではミャンマー一(994年建立)。
寝釈迦仏の頭の向きによって、東→神様と相談、西→人と相談、南→お休み中、北→死を意味している。ここのは南向きで、リラックスしている。


☆チャイプーン・パゴダ
S_8S_9高さ30mの四面仏。15世紀中頃建立。宝石で飾られている像もある。 
とても印象的な造りで感銘を受けた。


★スナップ/パゴーの朝★
バゴーでは、朝、出発前にたっぷり時間があり、ホテル周りでスナップ写真を撮ることが出来た。あえて街の中心部でなく、田舎っぽい方を選んで歩いていくと、先ず眼に入ったのが托鉢中のお坊さん達。地域の人々に、お坊さん達がどのように受け入れられているかがよく分かった。
そして、ミャンマーの庶民の暮らしっぷりも垣間見ることが出来た。モノは豊かではないけれど、穏やかに、ゆったりと時間を過ごしているように見えた。
S_10S_11 托鉢僧の行列




S_14S_15




S_16S_17 尼さんも!ピンクの衣が美しい。




S_18S_19脇道へ入ると...ノンビリとした雰囲気が漂っている
子犬に授乳中の親犬に吠えられる...それを見て店の人が笑う...


S_20S_21 朝の物売りが行き交う。







S_22S_23 四つ辻の屋台で食べ物を売る親に付いてきた子供。
右はラジオを修理中。ちょっと小凄い風情の人。

S_24S_25 こんな店がたくさん並んでいる。左は雑貨屋?右は洋品屋?



S_26S_27小さなパゴダがあり、その一角が学校になっていた。先生と生徒のようだが?




 

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2009年11月 5日 (木)

ミャンマー旅行で見たもの5...バガンの日の出、日の入りはやはり美しかった

バガンには、イラワジ川を船で下って入った。
もう夕方で、見にくかったが、船が岸に近づくにしたがって、バガンのシンボルである数知れぬ仏塔や寺院の尖塔が見えてきて、興奮を覚えた。

バガンの仏教遺跡は、イラワジ川東岸の40平方kmの平原に数千もの仏塔(パゴダ)や寺院の遺跡が散らばっているものだ。
この驚くべき遺跡群は、アンコール・ワット、ボロブドゥール(インドネシア)とともに、世界三大仏教遺跡のひとつとされている。にも関わらず、世界遺産に指定されていないのは、遺跡(11~13世紀)が遺跡として適切な保存がなされていないからのようだ。ミャンマーの人々は大切な現役の仏塔として、どんどん改修し、手を入れて行くのだ。

バガンには3泊したので、朝、昼、夜、あらゆる時間帯の景観を楽しむことが出来た。
特に、美しいことで知られる日の出や日の入りは、前評判通りだった。
もちろん、一つ一つの仏塔や寺院の中には、仏像があり、見るべきものも多数あるのだが、ここはやはり〝遺跡群〟として、その景観を楽しめばよいところだと思う。

PhotoPhoto_2イラワジ川をクルーズして来て、日が落ちる頃、バガンに着く。右写真の金ぴか尖塔はシュエズィーゴン・パゴダ。


SS_2翌朝5時にホテルを出てミュエニンゴ寺院のテラスから日の出の風景を見る。
日の出と同時に、熱気球が上がってきた。(6時10分)


Pa111299Photo_5これは日の出直前の辺りの様子。実際よりかなり明るく写っている。(5時31分)



Photo_6Photo_7バガンの朝、8時50分。 




Photo_8Photo_9 9時30分頃。シュエサンドー寺院にて。
ブーゲンビレアに美しい女性...






Photo_10Photo_11これも同じ寺院で撮ったもの。






S_4S_5バガンで最も美しいと言われるアーナンダー寺院。この雲も凄い!
東西南北に9.5mの美しい立像がある。







S_6S_13青空と白い雲を背景に、煌びやかに輝くブーパヤー・パゴダ。
元は7~8世紀のものだったが、1975年の地震で崩れてイラワジ川に流されてしまった。これはその後、再建されたもの。
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Photo_12Photo_13シュエズイーゴン・パゴダ。
イラワジ川の船から見えた、あの金ぴかの尖塔。





Photo_14Photo_15







Photo_16ティーロミンロー寺院。
ティーロは「日傘」、ミンローは「選ばれしもの」の意。
皇子の中から後継者を選ぶ時、傘の倒れた方向の者を選んだ。これは選ばれたことを記念して建てられたと言う。
SS_2 
ティロミンロー寺院内にある仏像。暗い割りによく撮れているので。






S_3S_4ダビィニュ寺院。バガンで最も高い建物。65m。
〝ダビィニュ〟とは〝全知者〟の意。内部には黄金に包まれた仏像が安置されている。





Photo_18夕日を受けるダマヤンジー寺院。未完成の状態のままだが、方形五層の特異な形で人気がある。

Photo_19Photo_20これは、別の日のダマヤンジー寺院。色彩がまるで違って見える。



S_10S_9この二枚は、馬車で散策した時撮影。左は名前不詳、夕日を受けた雲が美しかったので撮った。
右はスラマニ寺院。






S_15パゴダの上から下を覗くと、羊飼いが羊を連れてねぐらへ帰るところだった。



S_11 夕方18時。夕焼けの空と雲が美しい。




Photo_21S_12夜19~20時、ライトアップを見に行く。
左;ローカナンダ・パゴダ。右;アロードヴァ・パゴダ。 
(ISO1600で撮影)


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2009年11月 2日 (月)

ミャンマー旅行で見たもの4...椰子や棕櫚のある風景、仔羊騒動

ミャンマー(ビルマ)らしい風景を醸し出すものの一つに椰子の木や棕櫚の木がある。「椰子の木に囲まれた家」は、私の中で、ビルマの風景の固定観念のようになっていましたが、バスで田舎(特に山あい)を走っているとよく見かけました。

Dsc_8257s椰子の木に囲まれた民家。




PhotoPa121478sこちらは棕櫚の木。樹液を採取しているところ。
幹の上部、葉っぱの付け根あたりに傷を付けて樹液を取る。12時頃までに集めたものがとても甘く、固めて黒砂糖を造る。また、これを発酵させて蒸留すると、40~45度のお酒が出来る。
その製造所に立ち寄った時の写真。場所はポッパ山の近く。

Sこれが持ち帰った棕櫚酒と樹液の黒砂糖。
棕櫚の葉で包装されているが、中身の瓶は、ウイスキーの瓶の再利用でした。「Grand Royal Specal Reserve Whisky」のラベルがそのまま。これぞミャンマー式。


ちょっとしたエピソードを。
これは、インワからマンダレーに向かっていた時のこと。田舎の街道を延々と走って、途中、売店のあるところでトイレ休憩をした。
道路の向かい側にも数軒の売店や休憩所があって、地元の人達が利用するところのようだった。何気なく観察していると...

S_2Photo_2向かいの店のベンチに居る子供に気がつき、「ミンガラーパー(こんにちは)」と言って、写真を撮らせてもらう。



Pa070952s 前を荷車が通る。笑顔で挨拶してくれる。




S_3 突然、羊の群れが走り抜けた。




S_4 羊の最後尾。少年が何かを見つめている。




S_5 突然走り出し、羊の親子を群れから引き出す。




S_6 仔羊を抱きあげた。




S_7 家族の居る家へ向かう。
先ほどの姉が弟の方へ飛んでくる。



S_8Photo_3 少年は、母親に仔羊を渡した。
隣に若い嫁さんとその赤ちゃんが。



S_9 赤ちゃん喜ぶ。めでたし!
(仔羊は二匹になった)



10sこれを見ていたツアーの女性メンバーに、「抱いていいよ」と仔羊を渡してくれる。



はからずも、自然な形で地元の人々と交流が出来た。
なお、この一連の写真の記録を見てみると、僅か4分間の出来事でした。

Dsc_7596Dsc_7597ワンダフル!
花の名前を忘れたが、ミャンマーのいろんな所で見かけた。たいがい民家の玄関先などに栽培されている。 

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