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2006年4月12日 (水)

プラド美術館の3時間

5月にスペインへ行くと宣言したら、友人で、ご自身でも絵をお描きになるMさんから、「プラド美術館の3時間(スエヘーニオ・ドールス著)」という本を頂いた。
早速、読み始めましたが、読み易く、それこそお茶を飲みながら、画集も参照しながら3時間ほどで一通り読み終えました。とても素晴らしい本でした。
まず驚くのは、この本の初版は1923年で以後、版を重ね、未だにプラダ美術館のガイドブックとして最高のものだということ。さらに解説によれば、他の美術館のガイドブックにもこのような内容、レベルのものは知られていない、と言う。
もちろん、単に画家の略歴と一寸した作品解説を羅列しただけのどこにでもあるガイドブックとは全く異質なものです。「バロック論」で知られる美術評論家・哲学者ドールスの文明論でもあるのです。
と言っても難解なところはなく、反対に美術に知識の無い人にもプラド美術館を鑑賞するにあたってのとても分かり易く、安心さえ出来る拠り所を与えてくれるのです。

どういうことかというと、
ドールスは、まず、「情報と整理」がキーワードだと言う。簡単に言えば作品や作家に関する具体的な情報だけでなく、それが他の作家やその作品との相違、類似点を整理して始めてレンブラントなり、マンテーニャを知るということになる、と言うわけです。

そして整理にあたっての座標軸というか、基準となるべき考えとして、次のように述べている。
芸術には二つの基本的な価値があり、それは「空間的価値」と「表現的価値」である。これらはまた、前者を「建築的価値」、後者を「音楽的価値」とも呼べると言う。さらに前者は「重く沈むフォルム」、後者は「飛翔するフォルム」だという。
芸術作品はすべて、こうした二つの価値を様々な割合で内包している。ドールスは最も純粋な空間的価値と表現的価値を両極に置き、その間に建築、彫刻、絵画、詩、音楽とiいう順序で秩序づけている。
絵画は中心的位置を占めるけれど、その絵画もまた二つの価値をさまざまに内包し、全体として広がりを持っているという。
ドールスによれば絵画の中点に位置するのはベラスケスで、彫刻と建築に近いのがプッサン、マンテーニャ、ラファエロ、詩と音楽に近いのがエル・グレコとゴヤとしている。そして、この体系の中にプラド美術館の膨大な作品をそれぞれ位置づけていくのです。

プッサンとエル・グレコの中間に―マンテーニャとゴヤの中間に―ベラスケスがいる。
古典主義とロマン主義の中間に位置する純粋なレアリズム。幾何学と叙情主義の中間に位置する客観性。彫刻的・建築的なものへの傾きを持った絵画と、正に音楽もしくは詩に昇華せんとする絵画の中間に位置する、絵画の中の絵画である。
・・・これがベラスケスの位置づけだそうです。この説明から全貌が良く把握できます。

各画家の作品紹介も分かり易く、魅力的である。
例えばマンテーニャの「聖母の死」。もし、この美術館が全焼し、たった1点しか救い出せないとしたら、何ら躊躇することなく、この作品を求めて火の中に飛び込んでいくだろう・・・
では、どこにこの作品の価値があるか?
「造花の美しさを褒める時、本当の花のようだ、と言う。しかし自然の花も造花ではないかという錯覚を与えることがある。同様に版画が絵画の持つ繊細さを表現できた時、その作品を賞賛するが、さらに渋さを理解する愛好家は、絵画の中にエッチング特有の精密で、乾いた、渋い味を尊ぶようになる。最も献身的に版画に近づいている絵画、それはマンテーニャのこの作品である。」
このくだりを見て、私も今度プラドへ行ったら絶対見るぞ、と思ったことでした。

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