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2006年7月29日 (土)

テレビは21世紀後半の絵画と考えられないだろうか?・・・ブライアン・イーノ

先ず、添付の絵を見てください。これは私のコンピュータが生成したものです。あるソフトウエアを起動すると、最初の絵が現れ、ゆっくりと時間をかけて複雑に変化して行く。瞬間瞬間が異なる絵。そして、そのうちにとても美しいな、と感じる瞬間が訪れる。これだ、と思ったら、保存する。でも、もう少し時間が経つと、もっと面白い画面になる・・・

ソフト(DVD-ROM)の名は、「77 Million Paintings By BRIAN ENO」。

作者のブライアン・イーノのコメント。

《テレビとは光をコントロールするもの/イメージとはコントロールされた光の一部/物語はイメージの一部

《テレビを光のエンターテイメントと考える/情報と刺激は切り離せない/「エフェクト」をテレビに追加されたものとして考えるのは止めよう/現在は端にあるものもいずれは中心となる

《テレビはシアターの代わりとして成長した/教養・連続性・物語が結合したシアター特有の価値が今日までテレビ文化を支配してきた

《テレビについて他の見解があるとしたら?/21世紀後半の絵画と考えられないだろうか?》

このような思想のもとに、光を媒体として、コンピュータ生成による芸術的可能性を探ろうと試みたものだという。

素材として使用するのはイーノ自身が長年にわたり描きためてきたもの(多くは手書き)。

大きな箱の中に大量の絵を入れ、その中からランダムに1~4枚取り出し、手にした絵を自由に組合わせて1つの絵を創る、そういうイメージである。「組合わせる」という言葉より、「配合する」という言葉の方が適切なようだ。しかも時間的要素も介在する。

実際のソフトはどのように作られているのか興味あるところだが、説明では完璧なランダム生成プログラムであり、無限に近い合成的な絵を作り出すのだと言う。

タイトルの「77,000,000の絵」は、順列組合わせの計算で出てくるものらしい。

77 Million Paintings で生成される絵のオリジナル性はどう考えればいいのか?通常のアートのオリジナルとは、アーティストが実際に手で形成し、内面にあるアイデアを何らかのプロセスで表現する作業である。

77 Million Paintings では、過ぎ行く瞬間のユニークさ、過去に全く感じたことの無い瞬間のユニークさをオリジナルと考えるのだそうだ。

全てのユーザーは同じソフトを手にするが、それぞれが全く異なる育ち方をし、アーティスト(イーノ)自身も見たことの無い特徴的な絵に成長するのです。
ユーザーは、この瞬間が好きだと思ったら保存することは可能だから、どの瞬間を選ぶのか、ユーザーのセンスが問われることになる。この選択という作業は創造の一種かもしれない、と私は思った。

また、絵だけでなく、音楽も付随しているのだが、これも幾つかのレイヤーの音楽から生成的に配合するもので、二度と同じ音楽を聴くことはない。
実は、ブライアン・イーノはロックミュージシャンでもあるから、音楽の方にも期待していたのだが、いざ、実際に手にしてみると、77 Million Paintingsはやはり絵画としての価値がメインであることが明確です。

ところで、作者のブライアン・イーノについてもう少し触れておく必要がありますが、長くなったので次回に譲りましょう。

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