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2006年8月19日 (土)

進化論生物学は終わったか?

少し古くなったが、1996年にジャーナリストのジョン・ホーガンによって書かれた「科学の終焉(おわり)」と言う本があります。この本の趣旨は、翻訳者のあとがきによれば、「科学の輝ける日々、偉大な冒険としての科学は終わりつつある。革命的な大発見はもうない」というものです。科学者からはかなり強い反駁があったことは当然です。本人もジャーナリストによる「愛の鞭だ」と、発言しているようですが、かなり当たっていると私も思う。
この本の良いところは、科学の主要な分野について、分かり易く到達点と最新の状況を整理していることで、我々一般人にとって手っ取り早く知識をうることができる重宝なものです。

この本で、進化論生物学はどう扱われているか?この分野の本はかなり読んだので、著者の言うことに一々相槌が打てるのです。
この分野で近年、注目されている人物は、リチャード・ドーキンス、スティーブン・ジェイ・グールド、リン・マーグリス、スチュアート・カウフマンなどである。

以下に、リチャード・ドーキンスについて述べます。
進化論はダーウィンにより構築された。ポスト・ダーウインとして名を挙げるための一つの道は、ダーウイン以上にダーウイン信奉者になって、ダーウィン説を徹底的に磨き上げることだ、と「終焉」の著者は言う。その代表格がドーキンスである。ドーキンスは無神論者であることを公言しており、どんな複雑な進化も自然淘汰のみで実現すると主張する。それどころか、自然淘汰は宇宙の原理だから地球外生物にも当てはまると述べている。
彼の代表的な著作の一つ「ブラインド・ウオッチメーカー(盲目の時計職人)」でも、生物の複雑さがいかにして自然淘汰のみで実現するかを、巧みな、切れ味鋭い論法で説明してくれる。

誰しも、野原に時計が落ちていたなら、自然に出来たものでなく、時計を作った職人がいるはずだと思う。時計よりもうんと複雑な生物(人間も含めて)が、ダーウィンは自然淘汰という偶然の力でつくられたというのだから、信じられない人たちが出てくるのは当然である。
しかし、ドーキンスは、累積淘汰と言う考え方と、還元論の手法で、ダーウィン説を信じない人々を打ち砕くのです。
ヒトの眼のような精巧な器官がランダムな自然淘汰で出来るはずがない、と多くの人が言うのに対して、「ランダムなのは突然変異であり、自然淘汰は改善が累積する過程である」と、論破する。

累積淘汰に関して、面白い実験を紹介している。
シェイクスピアの中から28文字の文章、Methinks it is like a weasel(俺にはイタチのように見えるがな)を、猿にタイプライターで打たせるとして、28回キーを叩くのを1試行とすると、何試行するとこの文章になる可能性があるか。これは単純な確率の計算で求められ、およそ1040乗にひとつであり、とんでもない時間が必要だろう。これはランダムな変異の1段階淘汰に当たる。
今度は累積淘汰の実験である。最初に無作為に打った28文字の文字列を作る。そして、これを育種する。即ち、この文字列の複製を作るのだが、ある確立でランダム・エラー(突然変異)を起こすことにする。そして作られた複製から、目標に少しでも近いもののみを残す。以下、同じ手続きが繰り返されると、徐々に目的の文章に近づいていく。ドーキンスはコンピュータプログラムで実際にやってみたところ、2040世代で目標を達成したと言う。これが累積淘汰の凄さである。
生物の進化は数十億年かけて行なわれてきた。その世代数を思い遣ると、どんなに複雑な生物や器官であろうと、実現は可能だろうと納得できるのだ。
なお、ドーキンスも注意を促しているが、この猿/シェークスピアモデルでは選抜の過程で目標の文章との類似性を判断規準にしているが、生物進化では完成目標はなく、淘汰の規準は「生き残りやすさ/繁殖しやすさ」である。

ヒトの眼のような複雑で見事にデザインされたものが、自然淘汰で出来ると容易に信じられない人のために、徹底した還元論で説得する。現在の眼から眼のない状態まで、少しづつ前の段階Xを考えると、Xの長い系列が出来る。この各段階の変化量は誰もが信じうるくらいまで狭めればよい。そしてこの途中段階のものについて、実例があることを示し、また、たとえ5%でも、1%でも視力があれば充分役立つことを懇切に説明するのである。
ある単細胞動物は感光点を持っていてその背後には小さなスクリーンがあって、ある方向からの光を遮るので、光がどの方向から来るかについて何らかの観念を持つだろうと言う。ミミズやゴカイは基本的にこれと同じ構造だが、感光性細胞が小さなカップ状になっており、少しばかりマシな方向探知能力が得られる。
いま、このカップをもう少し深くして、側面から上部を覆うような構造が出来れば、最早これはレンズのないピンホールカメラである。実際にオウムガイはピンホールカメラの眼を持つのだそうです。

「終焉」の著者ホーガンは、ドーキンスをダーウィン説を異とする者に対し容赦なくやっつけるダーウィンの猟犬(グレーハウンド)だと、述べているが、ドーキンスの主張はとても論理的で、しかも実例で根拠を示してくれるので、私は好きだ。

とても長くなったので、今回はここまで。もう少し書きたいので、日を改めて。

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