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2006年10月18日 (水)

風猛山粉河寺(かざらきさん こかわでら)・・・西国三十三箇所巡り第3番札所

二周り目の西国三十三箇所札所巡りを開始した。

前回は、ほぼ順番どおりに周ったが、今回は順番にはこだわらないつもりだ。とりわけ、一番は熊野の青岸渡寺で、日帰りは無理だから後回しにして、今回は二番紀三井寺、三番粉河寺(こかわでら)を選んだ。

この二つは和歌山市近辺で、名古屋からは距離は大分あるが、新幹線と紀勢線特急を使うと充分日帰り圏内である。朝7時に家を出て、和歌山に到着したのはちょうど10時。

先ず、遠い方の粉河寺へ行くことにして、和歌山線の単線の電車に乗る。紀ノ川沿いののどかな田園地帯を30分ぐらい結構スピードを出して走る。地元の人たちが乗り降りする。観光客はほとんどいなかった。

天気は晴れ過ぎて真夏のように暑く、陽射しも強かった。JR粉河駅から山門(大門)までは10分ほど歩かねばならないが、太陽がほぼ真上だから日陰も無く、半袖姿でも汗ぐっしょりになった。

三十三ヶ所のどの寺も個性があるが、粉河寺も一度訪れるとあの独特のイメージが脳裏に焼きついて忘れられなくなるでしょう。

重文の大門と中門も立派だが、異彩を放っているのが、入母屋を二層に重ねた堂々とした本堂と、その真下にオープンに置かれた枯山水庭園である。中門をくぐった人々の眼に、これらが一体となったこれまで見たことの無いような景観が飛び込んで来る。

この驚きを写真に撮ろうと思ったが、なかなか難しい。

二度目だけれど、最初のような新鮮さを覚えた。

770年創建。ご本尊は千手千眼観世音菩薩。本尊造営にまつわる奇跡とその霊験譚を描いた絵巻「粉河寺縁起」は国宝。
納経所で新しい納経帖にしるしを入れてもらう時、二周り目だと言うと、三十三ヶ所札所巡り満願(完了)の人は、「先達」の申請が出来ますよ、と言われた。称号のようなものか?折角だから、次回には満願の納経帖を持参して申請しよう。

今回の札所めぐりは、写真を撮るのが一つの目的だったが、何をどう撮るか、現場では大いに迷った。そして帰って来てから、ディスプレーに写してみると、ピントはよくないし、天気が良すぎたせいか露出が過剰で明るすぎる映像が多かった。

それに、時期が中途半端。緑は色あせ、紅葉には早すぎる…

ただし、標準レンズとして使っている27~203mm(35mm版換算)のレンズはフレーミングが自在に出来、とても頼もしく思った。

紀三井寺の報告は改めて。

Photo_80 納経帖
粉河寺縁起の概要と御詠歌が載っている。



Photo_74 粉河寺大門。重文。
門前町の通りを歩いて来ると先ず眼に入る寺の構造物。
広大な敷地を持ち、中世には550坊を数えたという。

Photo_75 大門とは全く異なる、
風雅なたたずまいの中門。重文。




Photo_76 堂々たる二層屋根の本堂と引き立て役の枯山水庭園。
ソテツが使われているのが珍しい。さつきの刈り込みが凄い。花時はどんな風になるのだろうか?


Photo_77 枯山水の最左端から本堂を臨む。




Photo_78盥漱盤(かんそうばん)(粉河町指定文化財)
安永4年(1775)粉河鋳物師蜂屋薩摩掾五代目源正勝の作。かつて江戸時代に全国に知られた粉河鋳物の代表的作品。技術的にも優れ、以後2百年余、働き続けている。
      「軽くまふ盥漱盤に一葉舟」 狙岡(そこう)

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