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2006年11月 3日 (金)

ピンクはインドの濃紺である…インド・アートの今

インド亜大陸の歴史文化には、多様性と連続性という二つのテーマが一貫して流れているという。
地理的にも、民族的にも、そして宗教も驚くほど多様であるから、インドの美術はいたるところで同時進行的に発生しつづけ、しかも、人々の生活に密着して脈々と伝えられてきた。

その結果、インドを旅行する人々は、うんざりするほどの遺跡や彫刻や絵画を目の当たりにすることになる、とあるガイドブックは言う。

先日紹介した岩波の「インド美術」は、古代から現代までの全てのインド美術を俯瞰するものだから、280枚に及ぶ万華鏡のごとき口絵を見て行くだけで、この「多様性と連続性」ということがよく理解できる。

ところで、歴史的に比類のない素晴らしいアートを遺して来たインドであるが、現代のアートはどうなっているか?
インドの現代のアーティストたちは西欧式の教育を受けて、彼らの作り出すアートは西欧のフィルターがかかってはいるが、古代からのインドの経てきたものが投影されていることは間違いないようです。

「インド美術」の最後を飾る口絵2枚はとても印象深い作品だと感じたので紹介しよう。(以下は、「インド美術」の説明内容を要約した)

★マンジート・バーワー「クリシュナ」(1994

主題は古代神話からとったもので、牛の番をしながら横笛を吹くクリシュナ神を描いている。
強烈な色彩にどっぷりと浸った彼のカンヴァスは、ラージプート絵画に回帰しているように見える。しかし、そこに描かれた形象は独特に再構成され、あらゆる情景との固定的関係を拒んで、輝きに満ちた色彩空間におかれている。彼は特異なやり方で伝統を再解釈し、再創造しているのである。

驚くほどの強烈な彼の色使いは、ニューヨークの服飾デザイナー、ダイアナ・ヴリーランドが「ピンクはインドの濃紺である」と言い放った言葉を思い出させる。
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★ラグビル・シン「ボンベイ、宝石店から」(1997
国際的評価を得ている写真家ラグビル・シンは“ボンベイ”の連作で、街の風景にマネキンや祭礼の神像、映画のポスターといったモティーフを重ね合わせ、現代のインドの矛盾の中に潜むはっとする美しさを浮き立たせる
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コメント

インドアートの現代版を多くみたいです。私もインドで絵を描いています。

投稿: 川崎廣進 | 2008年5月 7日 (水) 02時23分

私もインドで絵を描いています。インド美術をたくさん見たいと思います。

投稿: 川崎廣進 | 2008年5月 7日 (水) 02時27分

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