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2006年12月10日 (日)

インド旅行の印象その5(アジャンタ)

4日目、21日は今回のツアーの最大の目玉、アジャンタへ行った。
アウランガーバードから北東へ約100kmの山間、ワーグラー渓谷の断崖中腹に仏教寺院群が刻み込まれていた。しかもそこには、人類の宝とも言うべき素晴らしい壁画があった・・・

電池で走るシャトルバスを降り、徒歩で石段のアプローチを歩いて行くと、突然湾曲したワーグラ渓谷とその崖に多数の石窟が並んでいるのが眼に飛び込んでくる。とてもダイナミックな素晴らしい眺めだ。
石窟は全部で30あり、真ん中あたりの5窟が紀元前1世紀頃の「小乗仏教期」、それ以外が紀元5世紀の「大乗仏教期」のものであるという。小乗仏教期のものは仏像表現の無い時代であるから作りが簡素で、ストゥーパを礼拝の対象とするスタイルである。アジャンタを有名にした素晴らしい壁画のあるのは5世紀の第1窟である。
期待に胸膨らませ、『蓮華手菩薩』の壁画の前へ!しかしとても暗い。眼がなれていないせいもあり、細部は分からなかった。観光客も多く、とてもじっくり観ておれない。ちょっと人が切れたのを見計らって写真を撮ったが、案の定とても見れる様なモノにならなかった。正直言って、『蓮華手菩薩』に関しては満足感は得られなかった。

しかしながら、これだけの石窟が並んでいるのは圧巻である。ガイドは第1窟、第2窟、第10窟、第17窟を案内してくれ、自由時間となる。思い思いに石窟を覗いて歩いた。
ところで、何故こんな大変なところに造られたのか?
ガイドブックによれば、仏教僧たちが、インドの過酷な雨季にも雨を避け、落ち着いて修行が出来るように、ということだった。
石窟は通常、ヴィハーラ(僧院;僧の住居)とチャイティア(塔院;礼拝するところ)が対になっている。

このアジャンタの遺跡は仏教の衰えと共に、永く忘れ去られていたが、世に出るようになった経緯がとても興味深い。
『1819年、虎狩りをしていたイギリス人将校ジョン・スミスが虎を追ってこの付近まで来た。銃を撃つも外れる。虎は渓谷を降り、川を越え、ツタに覆われた崖に姿を消した。スミスは双眼鏡で一見何も無い崖を眺めているうちに装飾のある石の建造物の端がチラリと見えた・・・』
この時のスミスの気持ちはどんなだったろうか?ロマンを感じますね。

妹尾氏が「河童が覗いたインド」で、やはりこの発見譚に強い関心を示し、スミスが虎を追ってきたルート図まで描いている。また、対岸の虎を撃った地点も訪れている。
(実はこのツアーは妹尾氏と若干の繋がりがありました。それは別途)
虎が入って行ったのは第10窟だと言われる。ここには、Jhon Smithのサインが残っていました。

Photo_107 アジャンタ石窟群の見取り図
右下が電池シャトルバス発着場。
中州のようなところにある見晴らし小屋付近で
スミスが虎を撃った

Photo_97 ワーグラー渓谷の崖に石窟が並ぶ・・・大パノラマ



S0093 上り下りがあるので、駕篭かきもいる。
1,2,10,17窟は必見。



S_14 法隆寺金堂の菩薩像のルーツとして
あまりにも有名な「蓮華手菩薩」
現場は本当に暗い。写真はASA1600でも怪しい。
ボぼけた写真しか撮れなかったので、現地で買った
冊子をピーした。



Photo_106

Photo_105 第1窟の天井と壁面の装飾
入り口に近いところは撮影できた。



S_15S_16第17窟は第1窟に次いで壁画の保存状態が
良い。しかし写真は撮れない。
入り口の壁面と天井の装飾を撮った。


Photo_108

Photo_109Photo_110ストゥーパを持つ石窟。
第9,19,26窟。
年代が進むにつれて、
形や装飾が複雑で華麗
になるのが分かる。
木造を模した天井。



S_17
最後まで開窟作業が行なわれていた
第26窟には涅槃像がある。


S_18S_19

上左は「河童が覗いたインド」から引用。
右はその状況がよく分かる写真。右の山の上から虎を撃ったようだ。

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