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2007年6月に作成された記事

2007年6月27日 (水)

オランダ・デンマークを旅して その6

今回、写真は約900枚撮った。これは旅行目的からすると、少ないと言うべきでしょう。
事前のミーティングで、先生からフィルムは50本は持って行くように、との注意があった。帰国後、先生は「30本(36×30=1080枚)しか撮らなかった、もっと撮るべきだった、後悔している」と、おっしゃっていた。他のメンバーはかなり撮っていたようだが?
そういうわけで、写真はまだまだあるけれど、質の保証が出来ないから、もうそろそろやめておいた方が無難と思われます。それでも、もうちょっと...

《アルクマールのチーズ市》
ザーンセ・スカンスの風車群を見た後、オランダ西部の古い商業都市アルクマールへ向かった。チーズの競り(せり)市で有名なところである。競り市が行なわれるのは毎週金曜日で、ツアー日程もそれに合わせてある。到着した10時ごろには既に市は始まっていて、観光客が大勢、聖堂前の競り市会場を取り囲んでいた。歴史は古いが、今では観光のためのショー的要素が大きくなっているようだった。
下写真の左から、①倉庫からチーズを運び出す、②広場の真ん中で2グループほど、仲買人たちによる競りが行なわれる、③買い手がついたものは出荷される...という手順のようだ。チーズを運ぶおじさんたちの振る舞いがユーモラス。
0228s0208s0223s




《リーベの夜警》
リーベ観光局の案内冊子によると、1902年に近代的な警察が出来るまで、街の平和と秩序を守り、火事と嵐による水害を監視するため、過去ずっと、ナイト・ウオッチマンによる街の周回が行なわれて来た。それは毎日、夜22時から翌朝5時までで、ウオッチマン・ソングと呼ばれる特別な詩句を口ずさみながら行なわれたという。永らく途絶えていたが、1932年に観光振興の一環として復活し、今日に至っている。
スタート直後の10時過ぎ頃はまだ、昼のように明るかったが、10時半過ぎには夜らしくなってきた。この日、ウオッチマンに従って、小一時間街を周った観光客は50人ぐらい。要所要所で立ち止り、ウオッチマンが伝統の詩句を朗々と唱えた。
0227s0239s0240s_10243s








《船、舟、ふね・・・》
今回のツアーは水辺の風景を撮るという触れ込み立ったこともあり、舟を沢山撮った。①チーズ市の広場の傍らに小さな運河があり、観光客と思われる母と息子が仲良くカヌーを漕いでいた。②カヌーのオジサンがアヒルを追いまくって遊んでいる。③ロスキレ港のヨットだまり。④アムステルダムの運河で見かけた鉢植え船。⑤交差する魚網にアートを感じたが?
0217s0098s_10389s_10036s0099s   




《馬、牛、羊...》
①②動物を撮ることにあまり興味が無かったのだが、先生の指示でバスを臨時停車させ、牧場の馬を撮った。随分人馴れした馬たちで、我々の方によって来たのでクローズアップが撮れた。ダルメシアンのような模様の馬も居た。挨拶代わりにそっと鼻面を撫でてやる。  ③ハンブルグのホテルは郊外に位置し周りは全くの田舎。夕食の後の散歩で農家の牛を見つけた。夕日を受けて牛の輪郭が美しく輝いていた。  ④ザーンセ・スカンスの風車の傍らの囲いに居た羊たちが突然1箇所に集合。多分ご飯の時間?
0478s0479s0295s0200s_1   




これくらいにして、最後に今回の撮影旅行の反省を。
1 技術の未熟さを痛感した。ベスト・ショットと思うものほど、ブレでクリアな写真が撮れていない。また、パン・フォーカス(近くも遠くも全てクリアに撮る)にこだわり過ぎた嫌いがある。それから写真は撮れているからいいようなものの、写真データを調べてみると、かなりちぐはぐなものもあった。
2 被写体については、「変わったものがないか」を追い求めすぎ、オランダ、デンマークらしい雰囲気の出た写真が少ない。ベテラン達の写真を一部見せてもらったが、何と言う事も無い被写体からも、オランダ/デンマークらしさが醸しだされているし、特に女性のメンバーの写真には情感豊かなものが多くあり、とても感心した次第です。

そうなのだ、もっともっと撮るべきだった。ごく普通の光景、どこにでもある被写体にこそ、その国の、その土地の本質があるはずだから。

今回のツアー関係はこれでひとまずお終いです。

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2007年6月26日 (火)

オランダ・デンマークを旅して その5

玉手箱の続き。

「国立博物館前の裸の決闘」
この写真は私しか撮っていないはずです。というのは、アムステルダムの運河巡りの途上、たまたま、国立博物館を通りかかったので、急遽船から下りてしまったのです。
そして国立博物館で、どうしても見たかったレンブラントの「夜警」と、フェルメールの「キッチン・メイド 」を見て出てくると、前のミュージアム広場で裸の若者たちが蹴鞠(サッカー)を楽しんでいるのに出くわした。結構真剣にやっていて、面白かった。また、若い健康な男の裸体もとても美しいものだ。
0111s0113s
後のロゴ看板は "I amsterdom"



「熱気球のある風景」
以前から、熱気球の写真を撮ってみたいと思っていたが、こんな異国の地で念願がかなうとは!ハンブルグのホテルでの夕食後、まだ、とても明るかったので、カメラを持って庭へ出ると、いきなり眼に入ったのが大きな熱気球。慌ててシャッターを切る。そして空を眺めると他にもフンワリ浮かんでいる。しかし、真上へは来そうにもないので、庭から外へ出て土手の方に行った...好都合なことに二人連れが...
0281s0288s0292s   




「空港で魚と戯れる」
アムステルダムのスキポール空港内のショット。ハンブルグ行きのゲートへの移動中にこの海水魚の水槽を見つけた。これを通して見る風景が面白かったので写真を撮っていたら、それまで誰も見向きもしなかったのに、二人、三人と人が寄って来て、中には私のマネをしてカメラを構える人も居た。ただし、なかなか難しい。薄暗いから、水を通して空港内を見えるようにしようと思うと、シャッタースピードが落ちて魚がブレてしまうし、見栄えがする大きな魚がなかなか真ん中へ来てくれない...
通りすがりの女性が興味を示す。彼女もこの後、コンパクトカメラで撮っていたけれど、うまくいったかな? 彼女の側からは飛行機が見えるのです。私も撮ったのですが、どうしても自分が写ってしまう。
0265s0266sDsc_0267s



 

《鏡の世界》
水面やガラスに映る風景は写真撮影意欲をそそる題材の一つだと思います。今回も沢山撮ったが、比較的面白いものを以下に掲げておきましょう。
0129s これはアムステルダムのホテルのすぐ裏の公園(フォンデル・パーク)内の風景。これほどまでに完璧に映る例は稀ではないかと思うくらい。光の加減で、鏡像の方が鮮明に見える。

0288s_10291sリーベからオーデンセに向かう途中で、牛の牧場を撮るために停車した田舎道で見つけた家。窓は全て凹面鏡(凸かな?)になっているらしく、道路の反対側の家がデフォルメされて映っているのが面白い。角度によって変化し、窓ガラスの鏡像はどれ一つとして同じものが無い。


0327s  これはオーデンセのアンデルセン博物館の近くで見つけた民家の窓。この色彩の妙!この角度が一番良かった。
 

0178s0181s 今回の写真でもっとも好きな1枚だ。リーベのホテルの向かいにあるゴシック式の聖堂が駐車中のフォルクスワーゲンに映っていた。これもデフォルメされて、時計のある塔が顔のように見え、あたかも下界の人間の振る舞いを見守っているかのようだった。
右が実物のリーベ大聖堂。前の写真もそうだが、青空の効果は絶大だ。

《コペンハーゲンのチボリ公園》
チボリ公園は夜のイルミネーションがよいということだったが、さすがに草臥れて入らなかった。外から見えるこの遊具、乗るのはとても勇気が要るだろう。
0557s0558s

 

続く...

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2007年6月25日 (月)

オランダ・デンマークを旅して その4

一般の観光ツアーでは、写真は見せられたものを撮るという受身に終始しますが、撮影ツアーでは自分の関心のあるものを、積極的に何でも写すことができる。
そして意外だったことには、何かを写すという事は、よく見るということだからでしょう、観光ツアーとは異なる意味で、その土地のことがよく分かる気がするのです。
新しい街や村へ入ると、建ち並ぶ家々の形や構造を調べ、美しく飾られた庭を覗き、ガラス越しに部屋の様子を窺い、その地域に住む人々がどんな生活をしているか観察するのです。覗き見的な振る舞いですが、こんなことをしているとその土地の生活空間に入り込んでしまいます。
《オランダ~ドイツ~デンマークの漁村の家々》
0081s0093s0380s_10240s








0481s_10484s



《アンデルセンの街オーデンセにて》
真ん中の写真は博物館シンボルのようだ。その右、市庁舎裏の庭園にあるアンデルセン像。下ははアンデルセン博物館の前庭で遊んでいた子供たち。
0321s0332s0330s0312s 







0303s




《フォーレンダムの犬》
0236s0238s美しい風景に愛らしい犬。 我が家の犬はどうしているか気になった。


《都会の街角で》
一番左はアムステルダムのホテル横にて。残りの3枚はコペンハーゲン 。早朝の市庁舎前の新聞売り、中央駅の入り口で時間待ち、歩行者天国のパフォーマンス。0118s0458s0444s0543s   





以下、何でもありの玉手箱から玉石混交(石ばかり?)で並べてみましょう。

「ショウ・ウインドウの装飾を楽しむ」
ショウ・ウインドウの飾りつけは日本と一味違うから何枚か撮った。ただし、意味不明のものも多く、作品作りの点からは評価は難しいでしょう。それでも色彩が綺麗だったり、ショッキングだったり...充分楽しめた。
説明不可かつ何か不思議な感じがするショウ・ウインドウの数々。
0008s_10186s0552s0071s   








下、左から照明器具店、家具店、オランダ土産店、ブティックの2階。0010s0012s0076s0368s 




アムステルダムの台所・生活市アルバートカイプにて
0022s0015s0016s




続く...

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2007年6月20日 (水)

オランダ・デンマークを旅して その3

撮影ポイントの一つに鉄道駅がある。ハンブルグ中央駅では30分ぐらいの撮影タイムが設定された。コンコースで、行き交う、あるいは滞っている人を撮るのは容易なようだが、プライバシーにも留意する必要があり、また、面と向かって撮る勇気はなかなか持てない。ヨーロッパは何処でもそうだが、改札など無く、コンコースからホームには自由に行ける構造になっている。そういうこともあって、何となく日本の駅と雰囲気が異なる。
ここでは無難な写真を二三掲載しておきましょう。
0045s0062sDsc_0053s 




シュレスウィヒの撮影を終わり、バス駐車場でみんなが集まるまで、時間つぶしに周囲の教会などの風景を撮っていたら、先生がアレを撮れと、サジェスチョンしてくれました。青空に三角形の屋根...シンプルで造形的な絵を切り取る...写真作品に充分なりうると納得しました。
Hotel0133s0487s0325_10483s   




コペンハーゲンのような大都市では、歩いているといろいろな被写体に出くわす。
何故、こんなところに自転車が?これも撮り方によってはアーティスチィックに見えてくるから面白い。
オランダ・デンマークは自転車大国だ。自転車専用道路が整備されているし、自転車のバリエーションも多い。前に大きな荷物入れが着いていて、ここに赤ちゃんや幼児を入れて走っている姿をよく見かけた。
0466s0461s0052s


 

コペンハーゲンにはセブンイレブンが至る所にあり、ミネラルウォーターやビールを買うのに重宝した。ある時、ホテルのすぐ前のセブンイレブンで、仲間が買い物をしている間、店の前で待っていると、自転車に乗った美人が...突如、けたたましいポリスのサイレンの音...それも数台やってくる...そして、あっという間にポリスによって非常線が張られた...店から出てきた仲間が言うには銃砲のような音を聞いた...写真の二人の驚きの顔(連れ合いをここで見つけたようだ)。流れ弾が当たっては、洒落にもならぬので、暫らくしてホテルに帰った。その夜は一晩中、ポリスと救急車のサイレンが鳴り響いていた。
0420s0432s_10433s_10435s


   
0437s
         



(タイトルはオランダ・デンマークですが、ドイツ北部も含んでいます)

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2007年6月18日 (月)

オランダ・デンマークを旅して その2

今回のツアーメンバーの使用するカメラはほとんどが、銀塩フィルムのカメラだった。デジタルは私ぐらいのもの(ニコンD80)。
あるベテランに話を聞くと、「もう何年来、これでやっているし、ポジフィルムの味は格別だ。撮った後も手間が掛からない、デジタルは撮った後、大変でしょう?」と、逆に聞かれた。そして、銀塩フィルムカメラが存続する限り、これで行くつもりだと言う。もっとも、その人はデジタルにも非常に興味を持っているようで、使ってみたい気持ちもあるようだった。
デジタル一眼レフが驚異的に売れているが、写真を本格的にやっている人たちにはまだまだ支持されていないのが現状のようだ。

交換レンズについては、手持ちのものを全て一応持って行った。といってもまだ始めたばかりだから、そんなにある訳ではない。18~135mm(35mm判27~200mm相当)を常時使用にして、プラス430mmまでの望遠ズームと、明るい単焦点標準レンズである。
しかし、現実にはレンズ交換などしている余裕はほとんど無かった。
ベテランたちはというと、ほとんどがカメラを複数台使用している。カメラと装着レンズはそれぞれの得意のパターンがあるようだった。限られた時間に多数のショットを撮るにはこのスタイルが向いていると感じた。一眼レフ2台肩に掛け、リュックを背負って、となると、かなり物々しいと思うかもしれないが、この人たちは板に着いているからか、不思議と気にならないのです。それにしても、写真をやるには体力が必要です。

撮影ポイントは基本的には予め設定されているのだが、時には移動中に突然バスを止めることもあった。デンマークへ入ってリーベに向かう途中、一面の麦畑で写真を撮るという。被写体は麦のみ。さて、どう撮ればいいのか?これは私には難しい課題だった。良い智恵も浮かばず、とりあえず遠くに向かって直線的な筋が見えるところを撮った。空に雲もあったので...
また、ある時には、馬が放牧されているところを、さらに、真っ赤なポッピーが群生している所でも臨時停車し、撮影する...

予定された撮影ポイントは、水辺の景色が美しいところが主体だったが、むしろその周辺の街や村の家々や住人たちを取る方が面白かった。特に田舎はそれぞれの特色があって、撮影意欲の湧く被写体に満ち溢れていました。

"水辺の風景"を数枚紹介します。観光写真の域を脱していないものが多いですが。
0098s0042s 
この2枚はアムステルダムの運河に架かる橋。
運河めぐりの船に乗りました。


0252s
オランダ・フォーレンダム港の裏通りの水路 。
思わぬところに美しい風景がある。






0101s0095s0106s この3枚はドイツの最北端の港町シュレスウィヒ 。祭りの飾りつけを作っていた。


0200sリーベの夕陽




0314sアンデルセンの生まれたオーデンセの市庁舎近くの橋の下で見つけた芸術。アンデルセン博物館も撮影タイムの間に短時間覗いて来た。


0400s フィヨルドの奥、バイキングの町、ロスキレの埠頭にて。



0510s0529sこの2枚はコペンハーゲン。 
右は17世紀に作られた頃の趣を残すニューハウンの港。


アンデルセンの「人魚姫」をかたどったこの像はいつも人だかり。人魚なのに下半身もヒトの形をしている。

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2007年6月16日 (土)

オランダ・デンマークを旅して

写真撮影のためのツアーに参加したのは初めてである。写真教室の先生を担いだ企画だったので気楽に参加したが、ちょっと問題があったかもしれない。
というのは、参加者は私以外は全て写真暦10年、20年の超ベテランで、しかもいずれの方も、写真コンテストに何度も入選されているようだった。また、既に腕前が認められて先生になっている人も何人か居た。したがって、実績の全くない、駆け出しの私としては最初は大いに気後れした。
しかし、撮影に入ると、そんなことは忘れて没頭せざるを得ないし、また、面白くて、楽しくてしょうがなかった。メンバーの方たちからも暖かく付き合って頂き、いろいろ教えていただいた。
めくら蛇に怖じず...今から思えばよくこんなツアーに参加したものだ、と冷や汗が出ます。結果として、写真の成果は別として、写真を撮る姿勢について大いに得るところがありました。

このツアーの募集要項には、オランダの風車やデンマークの静かなフィヨルドの漁港を撮る、というようになっていたが、実際は無差別・無制限、自分の感性によって何でも撮ればよいのだ。
事前の説明の際、先生から、3脚は絶対に持って行かないこと、という注意がありました。自由な構図、アイデアが3脚に縛られて妨げられないように、ということなのです。言い換えれば、スナップ指向ということでもあります。これは私の性分にも合うと思っています。
旅行中、先生からもうひとつ注意があったのは、「とにかく数多くシャッターを切ること、良い作品が生まれるチャンスはシャッターの数に比例する」ということでした。これは、初心者には意外に難しい。何を写すかに迷うし、ファインダーを覗いてもシャッターを切る決心がつかないことが多い。ベテランを見ていると、全く迷い無く、次々とシャッターを切っていました。ここらが駆け出しとの大きな差異ですね。
スナップの対象はありとあらゆるものだが、やはりもっとも魅力あるのが人間だ。しかし、人を撮るのはとても勇気が居る。遠くから望遠で撮ってもなかなか迫力のある写真にならないから、出来るだけ肉薄し、かつカメラを意識させないようにしなければならない。このあたりも、ベテランはとても上手だ。
時には肩擦れ合うくらいの距離を通りすがり、小脇に抱えたカメラを覗きもせずシャッターを切る...居合い抜きの術、とある人は言った。
私もかなり、スナップで人を撮ったが、手ブレでクリアな写真が撮れていないことが多い。まだまだですね。

作品としての価値は無視して、少しばかり、写真を載せておきましょう。

先ず、オランダの風車。場所はアムステルダム郊外、ザーンセ・スカンスののどかな平原。風車だけでは作品にはなかなかなりにくい。この日は空の色も良くなかった。
0166s0139s 
この辺りには5基の風車が並んでいて壮観だ。
右写真の手前に散らばっているのは麦わらの入った袋。





もう一枚。人物のスナップ。これは、ハンブルグ(ドイツ)の市庁舎前の広場で撮ったもの。とても美しい絵柄を纏った小馬像に、これも美しい衣装の幼い女の子が無心に戯れていたので、思わずシャッターを切った。お母さんは車椅子だったことに、それから気がつく。心に重いものが残った。
0005s

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2007年6月 5日 (火)

また出かけます(オランダ/デンマーク方面)

6月6日から13日まで、デンマーク主体に写真撮影を目的としたツアーに行って来ます。
行程は、アムステルダム→ハンブルグ→シュレスィヒ→リーベ→オーデンセ→ロスキレ→コペンハーゲン。
帰ったら報告します。

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2007年6月 3日 (日)

イラン旅行の印象その15 イスファハン(2) 世界遺産「王の広場」...End

「王の広場」は古い呼び名で、イスラム革命後は「エマーム広場」となったが、この方がイメージが湧く。
イスファハンは典型的な都市計画に基づき造られた街である。時は16世紀。イラン北西部でサファヴィー朝が興り、勢力を確立するとイラン北西部のタブリーズを首都とした。しかし当時力を持っていたスンニ派のオスマントルコとの戦いに破れたことを契機に辺境のタブリーズを捨て、南東450kmにあるカズヴィーンに遷都した。その後、アッバース1世(在位1588-1629)は、国の経済的発展のための施策を進めたが、その一環としてイスファハンに新首都を建設した。アッバースは交易を促進するため国中にキャラヴァンサライのネットワークを作り、首都にその交易機能の中心的役割を与えた。そのような構想の下にイスファハンの都市計画は為され、整然とした街づくりが行なわれたという。

この都市計画の中心となったのが「王の広場」である。それ以前のイスファハンは、ザーヤンデ河から北へ4kmほど離れたところにある「金曜日のモスク(前回の記事参照)」を中心とした小振りの街だった。11世紀にはモスク(広場もあった)を中心に直径2kmの市壁も整えられていた。
王の広場はこの狭い市壁内の西南端に造られ、新しい商業・宗教・政治の中心の機能と拠点をここに据えた。そしてこの新旧広場は延々と2kmも続くバーザールで繋げられた。このバーザールはヴォールト(屋根)の架かった立派な通路で両側に店舗が並び、キャラバンサライ、モスク、浴場その他100以上の公共施設にに繋がるドーム付き交差点まであった。店舗は銅細工街、香料商街、貴金属街...というようにゾーニングもされていたという。
都市計画としてはそれだけにとどまらず、王の広場から南へ、ザーヤンデ河を越えて幅員80m長さ3kmの大通りが造られ、さらに南の終点には階段状の巨大な庭園が造られた。ここに架かる橋が現在のスイ・オ・セ橋である。この大通りの両側は新首都に集まって来た人々の居住地となった。
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左図はアッバース1世による都市計画





王の広場は縦510m、横163m、約8ヘクタールの大きなものである。広場は統一規格の長いファサード(回廊)により完全に囲まれ、外界から遮断された中庭の形態である。そして東西南北にそれぞれ重要な四つの建築物への立派な入り口が付いている。
北はバーザール、南は「王のモスク」、西は王の居住区域への大門である「アーリー・カープー」、東は王族専用のモスク「マスジェデ・シャイフ・ロトゥフォッラー」への、それぞれ入り口が広場に向けて開いている。
この広場は、閲兵、王の衛兵の訓練、弓術やポロの試合など、公式ないし王のための行事にはもちろん使われたが、大部分の時間は広く市民に開放されていた。このため、この広大なスペースは大抵、商人、職人、床屋、見世物などの出店でぎっしりと満たされていて、それはそれは賑やかだったという。下の図は1735年に描かれた銅版画で、その雰囲気が分かる(岩波「イスラーム美術」より)。
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(南・・・王のモスク)
王のモスクへの入り口はきちんと広場に向いているが、モスクそのものはメッカの方向に向けて45度斜めに配置されている。このモスクの内外のほとんどの表面が多色釉タイルで覆われ、色彩が美しい。とりわけ、玄関は全てモザイク・タイル(色の着いたタイル小片を組合わせて複雑な模様を形作る)で覆われていて傑出している。その天井部分に造られているムカルナス(鍾乳石飾り)がまた見事。ひとつひとつの小さな湾曲面もモザイクタイルの小片を組合わせて出来ている。
青を基調とした色鮮やかなタイル装飾はイラン建築技術の真骨頂だ。(「世界のイスラム建築(講談社現代新書)」)
中央礼拝堂のドームの色彩も素晴らしい。ドームは二重構造になっていて、外側は54m、内側は38m。このため、複雑な反響効果が生ずる。試しに、現地ガイドがコーランの文句を唱えてくれた。
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(東・・・マスジェデ・シャイフ・ロトゥフォッラー)
マスジェデ(=モスク)の名があるが、ミナレットが無いし、その他のモスクとしての要素がかなり欠けていて、むしろ廟の系統に近い建物のようだ。王の私的なモスクとされるが、実際の用途は謎だという。
それはともかく、『ドームの内装は、おそらく、ペルシャ建築の中でもっとも完璧に調和の取れた空間ということができ、まばゆい日光の下から長くて暗い通路を通った後に遭遇する巨大な輝く部屋のインパクトは強烈である...(岩波世界の美術「イスラーム美術」)』
全くその通りの印象だった。現地ガイドの表現では入り口から見上げると、孔雀が羽を広げたように見える。なお、この装飾は、上部がモザイクタイル、下部が絵付けタイル(これは20cm角)の組み合わせである。
0752s0766s0771s0775s








(西・・・アーリー・カープー)
アーリー・カープーとは「至高の門」の意。これは当初、王の庭園(居住区)への簡素な門として造られたが、何度も改築され、上層が付け加えられて謁見の間へと進化。さらに、広場で行なわれるパレードやゲームの公式閲覧席としても使われた。上層のベランダは確かにとても眺めが良い。王のモスクの全景写真もここから撮ったものです。
0764s0757s
右は2階のベランダ部分。ここからポロの試合などを見た。






(北・・・ゲイサリーイェ・バーザールへの門)
この門から金曜日のモスクまで2kmほどバーザールが続いていることは既に書いた。残念ながら、この歴史的なバーザールには時間が無く行けなかった。
その代わりということでもないが、広場の外周を一回りしている回廊に並ぶ絨毯屋、金工細工屋、名物菓子を売る店等を見て歩いた。伝統的な金工細工に関しては店舗の裏には小さな製作所が付随していて、その仕事振りを暫し眺めていた。
0796s
突き当たりの門がゲイサリーイェ・バーザール(金曜日のモスクまで2km続く)への入り口。
広場には観光用の馬車が走っている。

0801s0802s0800sこの3枚は、広場の外周の観光客向けバーザールで撮ったもの。
この金工細工店にはとんでもなく面白いものが置いてあった。
左の写真;ターバンの人がお客(パキスタン人)、黒っぽい服装の人がイラン人店員。
絨毯屋でお茶を飲みながら冷やかしていたら、あっという間に時間がなくなってしまった。

随分、飛び飛びの、しかも偏った旅記録になってしまった。もうタイムリミットなので、ひとまずこのシリーズを終えることにしよう。
これを書くに当たって随分調べたから、今頃になって、自分の周った所がどんな所だったかおぼろげに掴めて来た。イランには、きっともう一度行くだろう、そんな予感がする。
 
S_97Ssこのツアーでは行く先々でバーザールに入った。 地元の人たちと一体になれる得がたい機会である。私自身も、お菓子、トルコ石...バーザールで結構、買い物を楽しんだ。
左はシーラーズのバザール。
右は、聖地マシュハドのバーザール。
若いイラン人女性はとても美しい。

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