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2007年7月に作成された記事

2007年7月31日 (火)

いきなりですが、これは何でしょう?...写真のお遊び

いきなりですが、次の写真はなんだと思いますか?
S デフォルメ1】
水の中でうごめく小さな人間たち。
形もいろいろに変形している。
(Nikon D80 7/19撮影)


【デフォルメ2】
S_2 もう一つこんなのもあります。
(Caplio GX100 7/27撮影)



種明かしをしましょう。オアシス21の「水の宇宙船」と呼ばれる屋根の上のプールを通して写したものです。カルチャーセンターの講座待ちの暇つぶしに、初めて登ってみた。
このプールには噴水があり、かつ風もあるから表面は波だっていた。だから下が見えるとは思わなかったが、ぐるりと一回りしているうちに、ある場所のある瞬間に水を通して何か見えたような気がした。そこで、本格的にのぞくと、この通り。
これは面白いと、ニコンで写してみると、水の表面にピントが合ってしまって、訳の分からぬ写真になった。そこでマニュアル・フォーカスにして再度写す。(AFがうまくいかなかったのは、多分、シングル・エリア・モードに設定してあったせいだろう。)
肉眼ではゆらめきはあるけれど普通の人間に見える。しかし、写真では形が大幅にデフォルメしている。動画としてみるか、静止画としてみるかの違いだ、と気がついた。
数日後、もう一度、今度はCaplio GX100で写してみた。今度はオート・フォーカスできれいに撮れた。

デフォルメ1を写真教室へ持って行ってみた。
先生からは一蹴されると思っていたが、15枚提出した中のベスト3に入ってしまった。もう少しズームアップして人間だけにした方がよいとのコメント。訳の分からぬ写真は当然だめだけれど、造形的な写真はOKだから、これはその範疇に入るのでしょうね。
デフォルメ2は見せてはいないが、私自身は抽象画的で面白いと思うけれど、写っているものが明確でないから先生は取り上げないだろう。

こんなお遊び的な写真撮影も楽しくていい。

21sPhotoS_3



種明かし。左から、TV塔から見たオアシス21全景。中は水の屋根。ここから覗いた。右は屋根の下のイベント広場。
(いずれもCaplio GX100 24㎜相当の広角で撮影)

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2007年7月26日 (木)

一風変わったリコーのコンパクト・カメラCaplio GX100

最近のコンパクトカメラは性能が飛躍的に良くなった。1000万画素超のものも多くなり、一眼レフとの差が縮まってきたから、これで写真コンテスト向けなどの作品レベルの写真も十分撮れるでしょう。しかし、各社とも大量に売ることをターゲットにしているから、カメラに慣れていない層も強く意識した商品作りをせざるを得ず、たくさん機種はあるけれど、ハード的にはどれも似たようなものになってしまっている。
「これは“顔認識機能”が付いているからお奨めです」 売り場ではソフトの違いを強調していたりする。

しかしながら、1社だけ我が道を行く、という商品開発をしている会社がある。リコー(RICOH)は、一般向けのコンパクト・デジカメも売ってはいるが、そのほかにプロフェッショナル・ユースと銘打ったシリーズがあるのだ。家電大規模販店でも置いていないところもあり、その存在すら知らない人も多いのでは無かろうか。

リコーの「GRデジタル」というコンパクトカメラは、以前からプロ写真家の間では、サブ・カメラとして使われていた。これはデジカメとしては、非常に特異な設定のカメラである。単焦点、しかも28mm(35mm判カメラ換算)という広角に偏ったレンズを持つ。光学系も高性能な設計がなされている。
リコーは、フイルムカメラの時代に「高級コンパクトカメラGR」を出していてレンズ性能の良さでプロユーザーに大変好評だった。この時代のは、28mmのほかに21mmの機種があったが、いずれにしても広角の単焦点カメラであった。
2003年4月にフイルムカメラは生産終了になり、そのデジタル版として出されたのが「GRデジタル」である。

本年4月に発売された「Caplio GX100」は、「GRデジタル」をズーム化したようなコンセプトである。焦点距離は24-72㎜(35mm判カメラ換算)と、ズーム化しても広角偏重は変わらないし、レンズの明るさもF2.5ー4.4と高性能である。1030万画素。
面白いのは着脱式のファインダーが付いていることで、これは光学式ではなく液晶表示なのだ。大きな液晶モニターを見ながら写すのもいいが、一眼レフと同じようにファインダーをのぞきながら写したい人のためだ。さらにユニークなのは、このファインダーにはチルト機構が付いていて角度が変更できるからローアングル撮影に重宝しそうだ。(GRデジタルにはファインダーが無く、ユーザーから要望があったものと思われる)
また、オプションとして19㎜のワイドコンバージョンレンズが装着できるようになっており、あくまでも広角撮影に特化したカメラであることが明確である。(望遠コンバージョンは無い)

一眼レフはよい写真が撮れるのは分かっているが、用事があって町へ出るときなど、ついでに持って行くには大きく重過ぎる。身軽になって、もっと自由奔放に、行き交う人々のスナップや街中の様々な様子を撮りたいという欲求が最近とても強くなっていた。そういう目的に「Caplio GX100」はピッタリだった。
また、広角に特化したコンパクトカメラということで、一眼レフのサブとして同時携行する場合も、役割分担が明確になっていい。
そういうわけで、最近、これを購入した(もちろん、19ミリレンズも)。近くのエイデンやベスト電器にはまったく置いて無く、店員も知らない始末。さすがに名古屋駅前のビック・カメラにはたくさん積んであった。担当者はこのカメラのことをよく知っていて、お客さんも「知る人ぞ知る」で、指名買いが多いと、言っていた。

操作は一眼レフに準じた形になっているのがよい。たとえば、「絞り優先モード」では、当然ながら絞りの操作ができるし、測光方式もマルチ、中央重点、スポットの切り替えができる。驚いたことに、手動でピント合わせができるようになっている。
ズームは「ステップズーム」という使い方ができるようだ。24、28、35、50、75㎜のいずれかで固定して撮影するというものだ。
手ぶれ補正も付いている。
なお、値段は普通のコンパクト・カメラの倍近い。これが唯一の欠点だ。

実際の使い勝手はどうだろうか?1、2ヶ月後に報告しましょう。

コンパクト・デジカメとしてはフジのFinePix F10(630万画素)を持っていて、これには随分お世話になった。写真仲間でも評判がよかったし、実際によい写真が撮れた。愛着があるからこれからも何らかの形で使っていくつもりだ。

CapliosCaplio GX100とFinePix F10
ファインダーはチルト式
デザインは素っ気ない。性能で選べ!と言っているかのよう...

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2007年7月21日 (土)

静物画=“nature morte(死んだ自然)”

ACC講座「西洋絵画の図像学」の第3回では、静物画が取り上げられた。例によって木俣先生が選んだたくさんの絵をスライドで見せてもらった。
静物画とは何か、その成立過程はどうか、といった大きな流れはもちろんのこと、先生の講義の特徴は、一枚一枚の絵のディテールと共に、さらりとした口調の中に、先生自身のその絵に対する思い入れが熱く語られることです。
美術について無知な私にとって、基本教育の意義があることは当然ですが、いつもそんな素晴らしい絵が、おもしろい絵があるのか、と驚き、実物をそのうち是非みたいものだと思うのです。

まず西洋の静物画の成立過程を見ると、日本の花鳥画とは本質的に違うということがある。そのことは、英語で“still life(静かな自然)”、フランス語で“nature morte(死んだ自然)”という言葉が端的に表している。つまり、日本では鳥や花を、自然の姿のまま生き生きと描くのに対し、西洋では自ら動かない生命のないものを描くのが静物画であった。
彼我の差はどこから来ているのか?

旧約聖書の「伝道の書(1.2)」に
『コヘレトは言う。何という空しさ、何という空しさ(vanitas vanitatum)、すべては空しい。』というのがある。
17世紀頃、現世のはかなさ を含意する手段として、朽ちやすい生命を描くことが多く行われた。静物画の「ヴァニタス」というカテゴリーがこれである。

その初期のものとしてカラヴァッジョの「果物籠(1596)」の紹介があった。
一見すると、生気あふれる見事な写実表現、と思われるが、詳細に見ればリンゴは傷みかけているし、虫に食われたり枯れかけた葉も描かれている。
Photo_213
カラヴァッジョの「果物籠(1596)」
これはアンブロジアーナ絵画館にある。


典型的なのはデ・ヘームの「果物飾りのあるヴァニタス(1653)」。この絵には果物と共に、髑髏と小さなキリストの磔刑像が一緒に描かれている。面白いことに髑髏にハエがとまっている。
(残念ながら、この絵を見つけることができなかった。入手できたら追加します)

ヘーダの「木苺パイのある軽食のテーブル」は、食物や食卓を描くカテゴリー(最後の晩餐もそうだが)にも入るでしょうが、食べ散らかされたパイ、倒れた盃、割れたグラス、おまけに懐中時計(はかなさの象徴とされる)まで描かれていて、「ヴァニタス」を寓意したのではないかとみられている。
ところで、この絵のワインがつがれたグラスの質感の表現がとても素晴らしいと、先生から指摘があった。ある本にはこの絵について、「全体に色数は抑制気味で、質感表現、金属やガラスの反映像や液体の透明感の表現は迫真的である。と同時に、全体の構成に見られる堅固さと隙のなさは、重々しさ、厳粛さすら感じさせる」と書いている。
Photo_214
ヘーダの「木苺パイのある軽食のテーブル(1631)」
これはドレスデンの国立絵画館にある。

16~17世紀にかけてのオランダでは、上に述べたような、静物の姿を借りた宗教的教訓画であるヴァニタス(Vanitas)だけでなく、図鑑の伝統を引く花の絵,台所や食事の場面から発展した食卓画,動物画との関連の深い狩の獲物の絵など、さまざまの種類が興隆して,多くの専門画家たちが緻密な写実の技巧を競った。

時代が下って、18世紀フランスのシャルダンの紹介もあった。
彼は、より普遍的な近代的静物画への道を開いたとされるが、オランダ風の写実性にフランス風の色彩を調和させた素晴らしい静物画をたくさん遺している。
先生の気に入っているのは「銀のゴブレット(1761頃)」だ。これも描かれているゴブレットや陶器の質感表現が迫真である。かなり荒いタッチでありながらここまで表現できることが凄い、との先生の指摘だった。
Photo_215
シャルダンの「銀のゴブレット(1761頃)」
この絵はルーヴル美術館にある。


今回の講義で、こういった質感表現のすばらしい絵が幾つもあることを知り、美術に対する興味がさらに増したのでした。そして、スライドや美術書ではその素晴らしさが、十分には伝わってこないから、是非、実物を見て確かめてやろうと心に決めました。

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2007年7月18日 (水)

Vista パソコン動き出す

NECのデスクトップパソコンValueOne Gが届いたのは注文のちょうど2週間後だった。顧客が仕様を決めるタイプであるにしても、今の時代、ちょっと遅いのでは?と思っていたら、担当者からわざわざ電話があり、同時注文のオンキヨーのスピーカーが揃わなかったため遅れたとのこと。わざわざ外部メーカーのものを指定した方が悪いか?

先ずは、Xp時代のハード、ソフトがどれくらい使えるかが心配になる。結果は…

   NTTフ光プレミアム(接続ツール、セキュリティツール) (Vista版ダウンロード)
   三菱の液晶ディスプレー  
   プリンターCANON PIXUS 860i (ドライバー内蔵)
   スキャナーCANON D1250UF ×(対応ドライバーはメーカーサイトでダウン
                        ロードできるがインストール受付けず)
         ソニーWalkman   (管理ソフトSonicStageのVista版ダウンロード)
   写真・画像ソフト NIKON Capture NX (アップデータ ダウンロード)
        同   上       Paint Shop Pro       (Vistaバージョンアップ版購入手配)
   平凡社世界大百科事典第2版   (Xpバージョンをそのままインストール)

ここまでの問題はスキャナー。メーカーに文句を言うか、それともこの際エプソンに買い換えるか?実は、写真をやるようになってプリンターのいいモノが欲しくなってきていて、エプソンに代えようと思っていたところだった。プリンタ、スキャナー揃えて新調するか。
【8/30追記 ; その後再チャレンジしたところ、スキャナーの新ドライバーのインストールが出来ました。インストールの決められた段取りをキチンと守らないと受け付けないらしいです】

セキュリティ対策はNTTの光プレミアムに込みのもので、通信接続ツールのVistaバージョンをダウンロードすればOK。中身はウィルス・バスターらしい。

一方、百科事典はもうけものだった。このデジタル版を出していた会社はなくなり、バージョンアップはありえないから。このまま使えるなら嬉しい。デジタル百科事典は新しいモノが幾つもあるが、全く、もの足りない。ブログを書く上で必要不可欠な資料なのだ。(本で買うと35巻28万円也)
この分では手持ちのXpソフトは、強引にインストールすれば使えるものがほかにもあるかもしれない。しかし、リスクを冒すことになるから軽々には踏み切れない。
いざとなれば、VistaとXpのダブル・ブートという手があるがそこまで必要はなさそうだ。
残りのソフトは必要になる都度、対応を考えるとしよう。

パソコンの動作は快適だ。特に、ぎりぎりするほど遅かったCapture NXが抜群に速くなった。このソフトは画像に加えた変更操作を画素単位ですべて記憶するタイプなので、膨大な一時メモリエリアを確保しなければならないのだ。
これに限らず、画像ソフトはとにかく、コンピュータの性能を要求する。まだ、コーレル・ペインターも持っているのだが...

ところで、前々回、書いたように、Vistaのサウンドはロバート・フリップ(プログレッシブ・ロック・グループ「キング・クリムゾン」のリーダー)の担当だけあって、とてもかっこいい。Xpの時は、操作音がうるさいから通常、スピーカーはOffにしていたけれど、これなら逆にもっと聞きたいくらい。さわやかな音色からブライアン・イーノの環境音楽を連想したが?

S

夏!...噴水と戯れる

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2007年7月11日 (水)

「重力のデザイン」という一見重そうな本

「重力のデザイン(鈴木一誌著 青土社 2,007/2)」という本がある。重そうな内容を想像してしまうが、気になるタイトルでもある。躊躇したが、「本から写真へ」という言葉が副題として添えられているので読んでみる気になった。新刊として出た直後に購入し、ざっと眼を通して、そのままになっていた。丁寧に読むには少しばかり努力が要るが、内容は素晴らしい本だと感じていた。
暫らく振りでこの本のことを思い出し、amazon.comでこの本の読者レビューを見てみようとチェックしてみたが、いまだに誰も記入していなかった。売り上げ順位も今日現在、106,000位で、あまり売れていない。いわゆるロング・テール現象のテール(尻尾)の方に位置すると思われる。
そこで、何がしかの情報をここに書くことは意義があるかもしれない、と思った次第。

著者の鈴木一誌氏はグラフィック・デザイナーで、特にブック・デザインの仕事をメインにしているが、映画評論なども手がける。

この本の趣旨は、前書きに鮮明に表現されている。長くなるが一部を引用してみよう。

【写真に撮られた道は、形だけとれば不定形な矩形や三角形でしかなく、
そこに遠近感を付与するのは視覚世界の了解事項でしかない。
私の写真にも、了解された道は写っているが、往来や通行の重量を受けとめ、それでもなお今は空洞であるとの不在感が、決定的に欠けている。
森山大道や荒木経惟の写真には、道が写っている。
おそらく、森山や荒木は、平面像でしかない道に生気をあらためて吹き込んでいる。
彼我の差は「表現された重力」の有無ではあるまいか...】

つまり、写真という平面には「表現された重力」が湛えられていると主張する。同様に本のページにはテクストがあり、テクスト空間にはすなわち「表現された重力」があるというわけである。

この本の項目立てを見てみると、
1 本と重力 2あいだの映画 3写真と重力 4重力の行方
となっている。

「1本と重力」では、
本のデザイン自体が重力を意識していることを述べる。表現された重力を湛えるのが本の役目だから、装丁や本文デザインの面でもしっかり着地していることが必要という。
この項では「縦書きと横書き」や「鏡文字」の問題について詳しく触れられていて、とても興味深かった。(全く枝葉末節だが、鏡は左右が反転するのではなく前後が反転するのだ...というようなことも書いてある)

「3写真と重力」では、
荒木経惟と森山大道という、大写真家を採り上げて論じている。この二人は写真集という書籍の形態を撮影の到達点と考えているという。
鈴木氏は、写真集のデザインを受けたりしてこの二人と接触した中で理解した、彼等の写真に対する姿勢、すなわち写真においてどうやって重力を表現しているか、を解説してくれるのです。
この二人の言葉がたくさん紹介されているが、いずれもとても興味深い。

例えば森山大道の言葉に次のようなものがある。
『写真の彼方から、街道の人々の声が聞こえてくるような気がしてくる。風が吹きぬけ、花びらが舞い散ってくるような気がしてくる。ただひたすらに、さまざまな、・・・ような気がしてくるのだ。』

荒木経惟の言葉。
『写真は、空間のフレーミングではないんだ。時間をフレーミングするの。だから写真のコマはその前と後に過去と未来を持っている。きられちゃった過去と未来が、コマとコマの間に潜んでるんだよ。だから、(写真集の)コマとコマとの間は均等に空いているんじゃなく、重なったり、広がったり、揺れてんだよ』

『写真は、選ぶ作業ではないんだな。(写真が絵になりそうな光景を切り取ることと決定的に違うこと言っている)
人に指図したり、被写体を選ぶんじゃなく、奴隷のように撮って撮って、それでアタシが相手に惚れていることが、そこに写っていなきゃダメなんだよ』

立派な本に対して、こんなおざなりの紹介で申し訳ない気がしますが、是非、もっと読まれていい本だと信じて、敢えてブログに載せました。
なお、この二人の写真が、かなりの枚数、解説(写真の成立過程やエピソード)入りで掲載されているので、写真に興味ある人にとっては大いに楽しめるのではないかと思います。
Photo_210








Photo_211 森山大道のトレードマーク的写真「犬の町」
鈴木氏はこの写真の犬が、ブリューゲルの「雪の狩人」に出てくる犬とそっくりだと、指摘し、さらに、「雪の狩人」の世界が森山大道の写真世界に類似ないし親和性があることを述べていて興味深い。
Photo_212これも森山大道の、「背伸びしてみる海峡を」という5枚組み写真の一枚。いろいろと考えてしまう、不思議な写真だ。

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2007年7月 8日 (日)

Windows Vistaとキング・クリムゾンの関係 !?

パソコンが重いし、ハードディスクが時折、不気味な変則的な回転音(冷却音?)を生じる。立ち上がりに延々と時間が掛かるのは、最初にネットでチェックするソフトウエアが多くなり過ぎたせいか?それは仕方ないとして、最近しょっちゅう使うようになったニコンCapture NXでRAWデータを扱おうとすると、とてつもなく時間が掛かる。それから、このマシンにはDVDへの書き込みできるトレーが着いていないのが不便。旅行等で撮った大量の写真の保存はCDでは入りきらないのだ。
現有機はWindows Xpが出た直後に導入したデスクトップ型(Dell  Dimension 8200)で、当時としては結構能力の高いものだったが、5年近くたってさすがに、力不足が目立つようになった。そこで、思い切って買い換えることにした。

ネットでチェックしてみると、各メーカーともXp搭載機もまだ売っている。しかし、先のことを考えれば当然ながらVista機だ。
Vistaの一番目立つ特徴がエアロAeroと呼ばれる、デスクトップの立体表示で、これを使うには、VistaのバージョンもBasicではだめで、Premium以上が必要だし、ハードもメモリが1MB以上+3Dグラフィック・アクセレレータが必須だという。
そこで選定したのが、NEC ValueOne G (メモリ2MB、ハードディスク320GB)。全ての仕様を購入者が決めるタイプなのだが、Dellに比べると、NECは対応が遅そうだ。1週間経ったが、まだ製作に入っていないようだ。

この件についてはまた、述べるとして、時間がありそうなので、旧パソコンからのデータ移行の準備と共に、Vistaの解説本に目を通すことにした。
そして興味あることを知った。Vistaのテーマミュージックとも言うべき起動音は、キング・クリムゾンのロバート・フリップ(Robert Fripp)がサウンドを担当したのだそうだ。何でも、マイクロソフトのある社員が、ロバート・フリップ主催のギター・コミュニティに参加している間柄から実現したと言う。

キング・クリムゾンはプログレッシブ・ロック・グループのカリスマ的存在で、ロバート・フリップはそのリーダーである。メンバーが次々と変わり音楽もどんどん変わって行っているが、その中心はフリップで、彼が居る限り「キング・クリムゾン」という名が使われる。
以前にも書いたが、私自身のもっとも好きな音楽分野がプログレッシブ・ロックなので、この情報を知ってとても心楽しく、そしてVistaを使う前から好きになってしまった。

折りしも、WOWOWで、3月17日に東京で行なわれたASIA公演の録画が放映されたが、このなかで「クリムゾン・キングの宮殿」が演奏され、とても興味深く聞いていたところだった。この曲はキング・クリムゾンの初期の代表作でASIAの曲ではないが、キング・クリムゾンの元メンバー、ジョン・ウェットンがASIAにも所属していたという関係から演奏されたものだった。(もっとも原曲のリード・ヴォーカルはウェットンではなく、グレッグ・レイクだが)

...どんどん脱線して行きそうなのでこのあたりで。

Photo_209キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿(1969)」
メンバーのサイン入り。
当時のメンバーは、Robert Fripp , Ian McDonald , Greg Lake , Michael Giles , Peter Sinfield

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2007年7月 4日 (水)

ルリタマアザミの色彩

久しぶりに市の植物園へ行ってみた。梅雨の晴れ間、と言ってもどんよりと曇っていてとても蒸し暑い。それでも日曜日だったから家族連れが沢山来ていた。
予想通り、花は少なかった。薔薇や菖蒲が僅かに残っていて何とか植物園の面目を保ってる。花壇もそれなりに花物が植えられている。そんな中にひときわ目立つ紫色のボールのような花を見つけた。にわかには名前が出てこない。後で調べると「ルリタマアザミ」だった。色も形も良いからしばしばドライフラワーにされる花だ。

ところで、色彩について語ることは結構、難しいことらしい。
この花にしても、私には紫と見えたが、百科事典や花の専門書などでは青、あるいは淡青色と紹介しているものが多い。
それでは「るり=瑠璃」とは?広辞苑では「青色の宝石」となっている。しかし同じ広辞苑の「瑠璃色」は「紫を帯びた紺色」となっている。
確かに遠くからこの花を見つけた時は、珍しく青い花があるぞ!という感覚だった。でも写真を撮ってみるとこの通り、紫と言う方が近い。
もっとも、色彩感覚は個人差があるから、この写真でも紫でなく青に見える人もいるかも知れない。

それからもうひとつ問題があります。パソコンの液晶モニターで見るのと、写真プリントでは色彩が大きく異なることがよくあるのです。これにはいつも悩まされる。モニターで見てこれは綺麗だと、喜んでプリントしてみると、期待はずれ、ということが多い。
概して、液晶モニター(三菱製使用)の方が綺麗だと思いますが、それもメーカーによるかな?
したがって、モニターとプリンターの色合わせをしておくべきなのですが、面倒くさいのと、合わせるとすればモニターを調整してプリンターに合わせる事になるらしいから、折角モニターが美しく見えるのにもったいない気がするのです。
(モニターの調整はアドビガンマというソフトを使う。モニター購入時に調整した覚えがある)

結局、私もそうだが大抵の人は、モニターの色、プリンターの色、現実の色・・・が三者三様になっているのです。
しかしながら、現実の色を再現すると言っても、感覚の世界だから厳密にこれだ、と言えるようなものはないというのが本当のことでしょう。だから、写真プリントでも、あまり悩むことはなく、自分の思うとおりに仕上げればいいのだ、と割り切っています。
598s
何色に見えますか?
よく見ると、てんとう虫や蜂が沢山潜り込んでいます。
一生懸命の姿が、とてもいとおしい。

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2007年7月 3日 (火)

写真における「作品」とは?

写真は誰でも撮れる。カメラの性能が良くなったから、シャッターを押せば先ず間違いなく綺麗な写真が撮れる。しかし、それが直ちに写真作品と呼べるわけではないだろう。どういう条件が必要か?
写真教室に入ってからこの事を強く意識して被写体を探すようになった。そして何となく分かってきたのだが、言葉で説明するのは難しい。

雑誌「美術手帖7月号」に写真作家の分類方法が出ていてとても興味深く読んだ。写真作家を目指すなんて大それた気持ちは無いけれど、写真作品づくりのヒントにはなると思われた。
写真作家は次の10種類に分けられると言う。
①土地と密着撮影型・・・この場所ならおまかせ
②ドキュメンタリスト型・・・時代を切り取る
③放浪写真作家型・・・旅こそ人生
④ポートレートコレクター型・・・人間万歳!
⑤先端モード一体型・・・ギョーカイとともに進め
⑥コンセプト重視型・・・アートの世界で生き残れ
⑦写真技術探求型・・・超絶テクニックで勝負
⑧スナップシューター型・・・街を流して撮りまくる
⑨写真+文章型・・・溢れる想いを言葉でつづる
⑩「私」写真追求型・・・身近なものにカメラを向ける
キャッチフレーズでおよその内容が分かると思いますので、詳細は省きます。
わが教室でも、例えば人物を大写しにした作品が多い人(④)が居ますし、昆虫撮りの上手な人(①に入る?)も居る。

私に向いているのはどのパターンか?「③放浪写真作家型」や「⑧スナップシューター型」の作品作りなら多分できるでしょう。
それから興味を持ったのは「⑨写真+文章型」。美術手帖で述べているのは、文章と写真が互いに引き立てあって総合的な作品となる、かなり高度な場合を言うのだが、例えばブログを写真とそれにまつわる文章で作って行くという方向は充分考えられる。
また、「⑥コンセプト重視型」も面白い。こんなイメージ...という自分の考えが先にあって、それを写真で実現して行くわけだが、これは結局アートの分野に踏み込んで行くことになると、美術手帖は述べている。そんな大それたことは考えないにしても、我々レベルでそんな作品作りを目指してもバチはあたらないでしょう。

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