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2007年8月19日 (日)

ロベール・ドアノー写真集を楽しむ

8月12日まで東京で、アンリ・カルティエ=ブレッソンの展覧会が開かれていて、心引かれつつも、ちょっと無理だなと思っていたら、東京の友人から展覧会を見ての感想と共にカタログを頂いた。このカタログには27点のブレッソンの素晴らしい写真が載っていて、とりあえず私の心を満足させてくれたのでした。
これによって、ブレッソンの代名詞でもある「決定的瞬間」をとらえた写真とはどんなものか、ある程度、味わうことが出来た。35㎜カメラによるスナップ・ショットの先駆者と言われるだけあって、1930、40年代の早い時期の作品でも撮影技術は驚くほど高度で感嘆してしまう。 「日常のなかの一瞬の光景を、忘れがたいイメージへと結晶させる」という感性は確かに並外れていると思いました。
展覧会を見てきた友人は、ブレッソン自身がプリントしたビンテージ・プリントが素晴らしかったこと、ポートレート写真に魅力的なものが多かったこと、が特に印象に残ったようでした。

話変わって、最近、ロベール・ドアノーの写真集(TASCHEN社)を購入した。ロベール・ドアノー(1912-1994)もブレッソンと同じくパリの写真家である。
丸善の写真のコーナーに山積みにして、「売れています」となっていたのと、表紙がとても魅力的だったので、何の前知識もなかったけれど、手に取ってしまった。
たくさんの彼の写真が収容され、解説もある。おまけに1500円と写真集にしては安い。そして、掲載されている写真を見ていくと...これがとても、とても面白いのです。
この本の解説によると、「ドアノーの遺したものは印画紙に封じ込められた数分間の永遠だ。この数分間の驚きと感動を通して詩的情感とユーモアのこもった物語を語りかけてくる」のだ。
彼の写真の一番の特徴はユーモアなのです。しかし、チャップリンがそうであるように、その笑いの下にはほろ苦いもの、悲しさが隠れている、と言う。
ドアノーの場合、これはという被写体に出会うと、同意を取り付けてから撮影をする。そして被写体と連携して作品作りをする。いわば演出された作品なのだ。
だから被写体となる人物はレンズを意識しているし、むしろ積極的に撮られようとしているのだ。おそらくブレッソンの決定的瞬間をとらえる作品作りとは根本的に違うようだ。同じパリを撮りながら、両巨匠のその落差がまた面白い。

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ロベール・ドアノー写真集(TASCHEN)の表紙と裏表紙。表紙の写真のタイトルは「市役所前のキス」で、ドアノーの代表作である。




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  左端はPicasso's Fingerloavs 。ほかのは何も説明は要らない。とにかく面白い写真が満載。

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