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2008年7月に作成された記事

2008年7月22日 (火)

ローマを歩く/テヴェレ川に架かる橋...北イタリア旅行雑感9

建造物にアーチを用いる方法は古代エジプトにまで遡るのですが、いわゆる「石造アーチ」を大規模構造物に用いる工法を完成させたのは古代ローマ人達です。
ある資料によれば、紀元前3世紀から紀元後2世紀の500年ほどの間に架設された「ローマ橋」は290例も現存しているようです。

ところが、ローマ帝国の衰退に伴って、石造アーチ工法の技術も失われてしまい、特に3~10世紀の中世時代の石造アーチ橋というのはほとんど現存しないらしい。
これが再び、造られるようになったのは、中世後期になってからのことである。この時代、僧侶は橋を架けるのが仕事となった(教皇は〝橋の棟梁〟とも呼ばれた)...

現存の290例は大ローマ帝国の広大な領域に散らばっているわけで、とりわけ水道橋が大規模で目立つこともあり有名だ。そのもっとも顕著な例が南仏のガール橋、スペインのセゴビア橋で、後者は私も私も見てきた(写真→こちら)。

さて、それではローマ市内にはどれくらい石造アーチ橋が残っているのか?これもある資料によれば、ミルヴィウス橋、ファブリチオ橋、チェスティオ橋、アエリミウス橋、アエリウス橋の5橋だと言う。これらは、ほとんど当時そのままの姿で現在の人や車の往来を支えているわけで、深い感銘を覚えます。

なお、私が今回写真を撮れたのはこのうちのファブリチオ橋、チェスティオ橋の二つだけです。ガイド書の地図で見ると、ミルヴィウス橋も所在が分かるが、後の二つはどこにあるのか確認できなかった。
以下の写真は、古代のアーチ橋に限らず、現在、テヴェレ川に架かっているものを撮っています。いずれも風格があり、古代でなくとも中世後期~近世の歴史あるものがほとんどだろうと思う。
整理の都合上、(1)上流側、(2)下流側 に分けました。二つの古代ローマ・アーチ橋は(2)の方にあります。

テヴェレ川地図
Photo_3(1)上流側の地図
 右上端に見えるポポロ広場からテヴェレ川に出て、サンタンジェロ城まで川沿いに歩いた。この間には北から順にレジーナ・マルガリータ橋、カヴール橋、ウンベルトⅠ世橋、サンタンジェロ橋がある。


Photo_4(2)下流側の地図
 この区間には中之島〝ティベリーナ島〟があり、ここを中心に歩いた。踏査範囲には、北から順に、シスト橋、ガリバルディ橋、チェスティオ橋、ファブリチオ橋、パラティーノ橋が含まれる。


(1)上流側の橋の写真
PhotoDsc_0042カヴール橋




Photo_2Photo_6遊覧船もカヌーも! 








Photo_7Photo_8Photo_9テヴェレ河畔を行く。右端は〝カヴール橋乗船場〟の表示。





Photo_10Dsc_0049ウンベルトⅠ世橋。




Photo_11Photo_12サンタンジェロ橋。右写真は 次のエマヌエーレⅡ世橋や背景のサント・スピリト病院が重なってごちゃごちゃしている。高くて青い像はエマヌエーレⅡ世橋のもの。

Photo_13Photo_15サンタンジェロ橋を渡る。
残念ながら城には入らなかった。


Photo_16サンタンジェロ橋乗船場


 

(2)下流側の橋の写真
はっきり言って、こちらの方がうんと面白い。
ポイント1;ティベリーナ島という中之島がある。
  伝説によると、「誇り高き王タルクィーノの追放を怒った市民が、収穫した穀物を投げ込んで出来た島で、そこに医術の神が蛇に姿を変えて現れたので、神殿を建立した」と言う。現在、その神殿跡にはサン・バルトロメオ教会が建っていて、さらに島の大半には立派な病院がある。
ポイント2;古代ローマ橋が二つある。
  ティベリーナ島を結ぶ二つの橋が古代ローマ橋で、当時のままの姿を今に伝えている。右岸のチェスティオ橋は紀元前60年、左岸のファブリチオ橋は紀元前62年に造られた。
ポイント3;古い壊れた橋がある。
ポイント4;とても優美なシスト橋がある。
  この橋について調べてみたところ(イタリア語なので誤解があるかも)、1479年に建設されたもので、前身となる古代橋があったようである。その名前についてはアントニウス・アグリッパ橋とかアウレリウス橋とかが候補にあげられている。多分791年の大洪水で流されたのだろうという。
この橋を特徴付けている真ん中の橋脚部分(アーチだからそう言わないか?)の大きな穴であるが、多分、洪水対策でもあるようだ。
以下、写真は実際に歩いた下流(南)から、上流(北)へと並べてあります。

〈パラティーノ橋からの眺め、壊れた橋〉
Photoこの区間の最下流、パラティーノ橋は普通の現代の橋だが、この脇に「古い壊れた橋の残骸」が残っている。これについて情報がないので、いい加減なことは言えないが、ローマの古代橋の名残じゃないでしょうか。

Photo_2Photo_3地図にも「壊れた橋」として載っている。




Photo_6パラティーノ橋は、ティベリーナ島の展望場所として良い。この写真では島の南端部分と、左岸側のファブリチオ橋(古代ローマ橋)が見える。


Photo_4Photo_5これもパラティーノ橋からの右岸側の眺め。上流にチェスティオ橋(古代ローマ橋)が、また、右の方には壊れた橋とティベリーナ島が見える。


〈チェスティオ橋〉
SPhoto_7右岸側からティベリーナ島に架けられた橋。凄くどっしりとした素敵な橋だ。
紀元前60年に最初に造られ、365年にマルケルス劇場の石材で造り直されたとされる。

〈ファブリチオ橋〉
Photo_816fabritio右岸側からティベリーナ島に架けられた橋。紀元前62年に造られて以来、そのままの形を保つ。橋の中央部に空間が設けられているのは、軟弱地盤への対応(軽くするため)だと、ある資料に書かれていた。
Photo_10Photo_11ファブリチオ橋を実際に渡ってみた。さすがに車は通行禁止。


Photo_12ファブリチオ橋のたもとに居た犬。小綺麗だし、この子のためと思われる3点セットがあり、野良犬ではなさそう。



〈ティベリーナ島〉
Photo_13島に渡ってすぐに目に付くのがこのサン・バルトロメオ教会。古い神殿の跡に造られたことは既に書いたとおり。


Photo_15限られた島の面積の大部分を占有する病院が見える。右岸側から。 


Photo_16Photo_17Photo_18ティベリーナ島の北端。不思議な風景だ。


Photo_19上流のガリバルディ橋から見たテヴェレ川左岸の様子。右側がティベリーナ島。下流遠くにファブリチオ橋が見える。



〈ガリバルディ橋〉
S_2Photo_20この橋は現代のもののようだ。自動車やトラムも見える。



Photo_21Photo_22舗装された河川敷を歩く。船着き場があった。ランニングする人も多い。


〈シスト橋〉
S_3Photo_23優美な橋だ。中央部分の丸い穴がユニークだし、微妙に角張って見えるのもポイントになっている。
時間が無く、近くまで行かなかったのが残念。

Photo_24テヴェレの流れ。遠くにシスト橋を臨む。
 

       




 
 

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2008年7月18日 (金)

ローマを歩く/噴水...北イタリア旅行雑感8

ローマの風景というと、レスピーギの音楽〝ローマ3部作〟を思い出してしまうのですが、この中の「ローマの噴水」「ローマの松」はまことにローマと言う街の印象を特徴付けるものだと再認識した次第です。
今回は自由時間がたくさんあり、結構街歩きをしたので、いつのまにかたくさんの噴水を写真に撮っていました。今から思えば、計画的に撮っておればもっとましな写真が残ったはず、と残念に思うけれど後の祭り。
それから、通常ほとんど話題に上らない「ローマの橋」の写真がたくさん残っています。実はこちらは意識して撮ったのです。というのは、たまたまツアーメンバーに世界中の「古いアーチ橋」を撮り歩いて居る人がいて、触発された恰好で、ちょっとだけそういう世界を覗いてみたのです。水辺の風景というのはもともと好きですから。

先ずは噴水から。ローマには至る所に広場があり、必ず噴水がある。順不同です。

《スペイン広場の舟の噴水》
今やローマ最大の観光名所らしい。映画「ローマの休日」の舞台。たまたま、ホテルから近いので最初に回ったのがここだった。朝早かったから、空いていてよかった。
PhotoPhoto_10 




Sスペイン広場の反対側から、舟の噴水とスペイン階段を見る。
人が来るのを待ってシャッターを切る。



《トレヴィの泉》
肩越しにコインを投げるのはもう3回目だ。次来るのはいつのことだろうか?
Photo_2Photo_3




《共和国広場のナイアディの噴水》
噴き出す水と妖精の像が美しく調和し見応えがある。ホテルから僅か50mの距離だったから、3日間の滞在中、出入りするごとに何度眺めたことか。
Photo_4Photo_5左;真昼の強い光を浴びて美しく輝く 
右;夕暮れ時 人が集まってくる



Photo_6Photo_7夜景も美しい。もともとグロテスクなところがある彫像だが、ますます異様に見える。ロータリーの真ん中にあり渡るのに難儀する。



《ポポロ広場のライオンの噴水》
全景が撮ってないので分かりにくいが、広場の真ん中に高さ24mのオベリスクがあり、その根本に四方をにらむライオンの噴水があるのです。ローマらしさを感じる場所ですね。
PhotoPhoto_2Photo_3 








《バルベリーニ広場のトリトーネの噴水》
高級ホテルゾーン、ヴェネト通りの一方の端がバルベリーニ広場になっている。真夏のような天気に足を噴水の池に沈める女性も居た。海神トリトーネが貝の上に膝まずき、それをイルカが支える。
Photo_4Photo_5





《マッテイ広場の噴水》
これはガイドと一緒に移動中の写真で、説明を聞いたはずだが、覚えていない。場所も写真を拡大してPiazza MATTEI の文字で分かった。こんな、こぢんまりした広場にも素敵な噴水があるのがローマだ。
Photo_6Photo_7 





《ナヴォーナ広場の噴水》
噴水と言えばこのナヴォーナ広場がハイライトの一つのはずだが、時間が無くさっと通過。しかも肝心の〝四大河の噴水〟〝ムーア人の噴水〟は工事中で近寄れなかった。北側の〝ネプチューンの噴水は〟間近から撮れた。
Photo_8Photo_9







《パンテオン前ロトンダ広場の噴水》
パンテオンは素晴らしい建物だった。紀元118年建設とはとても思えない。完璧!
この前の広場をロトンダ広場と言う。そこには人を食ったようなユーモラスな噴水があった。
Photo_11Photo_12Photo_13




《サンピエトロ広場の噴水》 
もちろんサンピエトロ広場にも噴水はある。とにかく広大な広場だから二つある噴水は小さく見える。写真は左側がベルニーニにより造られたもの、右はマデルノ作。女性が見ているのは左側の噴水。
サンピエトロ広場の写真は別途掲載する予定。 Photo_14Photo_15
Photo_2〈右端写真追加〉






《そのほかの噴水》
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の前にあった噴水です。シンプルだけれど建物とマッチして印象的だったので載せておきます。
Photo_16Photo_17 




ほかにも噴水の写真はあるのですが、場所が不明だったり。そのうち追加(更新)するかも。

〝噴水〟だけで長くなったので〝ローマの橋〟は次回にします。

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2008年7月12日 (土)

フィレンツェの長い一日...北イタリア旅行雑感7

今回のツアーではフィレンツェに3泊した。このうち、1日は完全フリー時間だったから、ゆったりと過ごすことが出来た。
フィレンツェは、ツアーとしての観光はまったく組まれていなく、各自行きたいところへ行けばよいのである。先ず、事前に予約してあったウフィツィ美術館を見、後は、フラ・アンジェリコの受胎告知があるサン・マルコ修道院、メディチ家の礼拝堂、ピッティ宮殿のパラティーナ絵画館などを回った。もちろん花の聖母教会ドゥオーモも。ドゥーオーモでは、463段の階段でクーポラの上に登り、古都フィレンツェを空から眺めた。
ひととおり観光ポイントを回った後は、街の中心部、ドゥオーモ広場~シニョリーア広場~ヴェッキオ橋あたりを散策して過ごした。緯度が高い(樺太辺りに相当)のと、サマータイムのせいで夜9時半ごろまで明るい。ホテルに帰ったら10時半だった。夕食は街の賑わいを見ながらシニョリーア広場のレストランでとった。
スナップ写真もたくさん撮れて、とても充実した1日だった。

以下、スナップ写真を中心に見てください。(なお、同じ場所でも、時間帯(3日間)が違うので、晴れていたり、雨だったり、朝だったり、夜だったりします。)

《先ずはミケランジェロ広場からの展望...絵はがきなどに使われる定番風景》
PhotoPhoto_2Photo_4




《ウフィツィ美術館へ...予約は8:30、小雨模様》
Photo_5Sc_0155
同じところを撮っているが、左は路上より、右はウフィツィの3階回廊より。この両脇の建物がウフィツィである。





《フィレンツエの街を行く...メルカート(市場)が面白い》
Photo_7Photo_54Photo_13フィレツェの街を行く。雨が降ったりやんだり。
サン・マルコ修道院(右端)に着いた頃、晴れてくる。前回来た時は修復中で閉館。念願がかなって〝フラ・アンジェリコの受胎告知〟を見ることが出来た。


Photo_56Photo_57シニョリーア広場近くの市場(ロッジア・デル・メルカート・ヌオーボ)を見る。
シンボルのイノシシの鼻はみんなが撫でるので光り輝いている。

R0012847_2Photo_58屋根のある常設市場は食料品が溢れていた。ここで軽く食事も出来、大勢の客で賑わっていた。



Photo_11Photo_12Photo_66Photo_67              

  


キノコの王様ポルチーニは大人気!



《花の聖母教会ドゥオーモ》
フィレンツェの象徴。ブラックホールのように人々はここへ吸い寄せられる。私も何度この前を通ったことか?
Photo_59Photo_60それにしても巨大で美しい。外壁の幾何学模様は、白、ピンク、緑の大理石で描き出されている。 


Photo_16Photo_17
 
芸術家ジョット設計の鐘楼。まさに工芸品。高さ85m。




Photo_61Photo_62Photo_63ドゥオーモのクーポラに登る。素晴らしい展望。85mの鐘楼が下に見える。
右はサンタ・クローチェ教会。

Photo_51Photo_52Photo_65ドゥオーモ内部と夜のライトアップ。 






《ドゥオーモ前広場でのスナップ》
Photo_25Photo_26観光用の馬車が幾つも居たが、大聖堂の建物とぴったり調和する。   
セグウエイ現る!イタリアは公道走行可!?


《シニョリーア広場の賑わいを見ながら夕食をとる》
Photo_27Photo_28Photo_68左、ヴェッキオ宮が見下ろすシニョリーア広場へ。中央はお馴染みの屋外彫刻ギャラリー「ランツィのロッジア」。もっとも目立つのは、ジャンボローニャの「ザビーネの女達の強奪」


Photo_29Photo_30Photo_31ヴェッキオ宮の前(シニョリーア広場)に並ぶ彫像とネプチューンの噴水 。ネプチューンは実に男前だ。

Photo_32Photo_33Photo_70 シニョリーア広場でのスナップ。
山盛りのビスタッチォでビールを!




Photo_35Photo_69幸せそうな若いカップルが多かった。

 


《ストリート・アーティスト》
Photo_37Photo_38男性の部。 
右は2時間後。まだあまり進捗していない。



Photo_40Photo_42女性の部。   
2時間でこれだけ進んだ。



Photo_43「我ながら、いい出来映えだわ!」
(手に持っている見本どおり描いていないのが面白い...2ユーロ硬貨を写真のお礼に)






《散策は続く》
Photo_71Photo_72酔って歩いていたから名前が分からないのだが、教会の前を通ると、コンサートをやっていた。ある大学の音楽部+プロソプラノソロというメンバー。海外での演奏活動から帰ってきたところのようだった。美声に30分ほど耳を傾ける。ブルテリア君、ご主人は何処?
Photo_44Photo_45Photo_46夕闇迫るヴェッキオ橋。9時半でこの明るさ。



Photo_47Photo_48夕日に染まったアルノ川に沿ってホテルへ戻る。
 


《夢の後》
フィレンツェを去る三日目の朝、ホテルの屋上からもう一度、ドゥオーモを眺めた。朝靄の中に巨大なクーポラが浮かび、その周りを鳥達が舞っているのが印象的でした。
Dsc_0369


 

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2008年7月 4日 (金)

自分の撮影スタイルについて考えてみよう...「チョートクのデジカメ指南」を読んで

田中長徳著「カメラは知的な遊びなのだ。(アスキー新書)」を読んだ。
語りおろしの形で書かれていてとても読みやすく、一気に読んでしまった。そして何かホッとした気分になった。

「きれいに写る」「ちゃんと写る」というのは、カメラメーカーがしっかりやってくれているし、カメラ・ユーザーの方も、「いい写真」を撮ろうと撮影技術の研鑽に励んでいる結果、世の中には、整形美人のような写真が溢れるようになってしまった。しかし、それでは退屈で詰まらない。個性が欲しい。自分の写真、自分にとって価値のある写真を撮って欲しい。汚くても、ピントがボケていてもいい...そういう感じのことを、チョートクさんは言う。

また、「カメラ指南12箇条」を示して、我々アマチュア・カメラマンを指導してくれる。この中にはとてもユニークな条項もある。
例えば、〝ファインダーを見るな〟。もちろん、ホントに見るなということではなく、構図やアングル、周辺のことにこだわって、肝心のシャッターチャンスを逃すな、ということです。構図を考えすぎると、写真の醍醐味である偶然性を排除することになるになる、というわけです。
〝容量の少ないメモリーカードを使うべし〟〝RAWモードは使うべからず〟という、ドキッとするのもあります。

12箇条の最初は〝常にカメラとあるべし〟で、私もこれがもっとも大切だろうと思う。せっかく歴史的瞬間に居合わせたとしてもカメラがなければどうにもならないのだから。しかし、「重い、でかい」デジイチ(=デジタル1眼レフ)では、オジンには辛かろうから、コンパクトデジカメでもいいのではないか、と示唆している。
そして、〝それぞれのカメラスタイルをつくろう〟では、「コンパクト・デジカメ」と「銀塩クラシックカメラ」の2台を常時携帯することを提案している。

チョートクさんはこれを「右手にライカ、ポケットにデジカメ」と表現している。
偉大なる写真家チョートクさん自身が、日常的にはこんなスタイルで写真を撮っているようなのであり、なかなか説得力がある。
銀塩クラシックカメラを持つ理由は、〝カメラで遊べる、持っていること自体が楽しい、デジカメに比べて失敗が多いからそのリスクを楽しむことが出来る〟ことだという。
なお、チョートクさんはコンパクトデジカメの方はリコーのGRデジタルを使っているようだ。

さて、私自身はどうするか?「銀塩クラシックカメラ」に魅力を感じるけれど、買ってみる勇気はまだ湧いてこない。
いずれにしてもデジイチにこだわらず、コンパクトデジカメをもっと活用しても良さそうだ、と思いました。
先日、写真教室で作品展のため、各個人の年間ベストを先生に選んでもらったのですが、当選したのはコンパクトデジカメで撮ったものでした(その撮影現場ではたまたまそれしか持ち合わせていなかったのです)。デジイチで一生懸命撮ったものが選ばれず、どうでもいいやと気軽に撮ったのが選ばれてしまい、内心忸怩たる思いもありましたが、偉大なるチョートクさんの撮影スタイルを知るにつけ、コンパクトデジカメの作品だからといって卑下することは全くないと悟ったのでした。

以下、最近、名古屋の下町で撮った下手なスナップを...
Photo
円頓寺アーケードにて その1


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円噸寺アーケードにて その2 「開店です!」


Photo_2
円噸寺アーケードにて その3 「お肉屋さんを覗いたら」


R0013749
四間道の風景 その1
この辺りは名古屋でも数少ない戦災を受けなかった地域で、古い土蔵や長屋がたくさん残っている。

Photo_3
四間道の風景 その2 「くちなし」


R0013746_2
四間道の風景 その3
人通りがほとんど無く寂しかった。


R0013710Photo_5四間道の風景 その4 「江戸うさぎ」という名の店がありました。看板には「江戸着物、芸処、貸座敷」とある。



Dsc_0029Dsc_0073鶴舞公園の蓮池。7月2日現在、まだ数輪しか咲いていませんでした。



0013786Photo_2この2枚は大須にて。
寄せ太鼓の実演。大相撲名古屋場所が間近に迫ってきたことを知る。 
このワンちゃんは大人気。得意げだ。

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