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2008年10月に作成された記事

2008年10月30日 (木)

京都を歩く(Ⅳ)...不可思議な雰囲気を持つ〝祇園閣〟 VS絵葉書的な〝八坂の塔〟、ついでに清水寺

建築ウオッチングの観点から、今回是非に見たいと思っていたもののひとつに〝祇園閣〟があった。
祇園の東、何度も行った八坂の塔のすぐ近くなのだが、これまでその存在にあまり意識はなかった。通常は非公開のせいもある。
大雲院という寺の一角にこの建物はある。ガイド書によると、大倉財閥の祖、喜八郎が1928年に別邸として建てた「真葛荘」の一部だが、喜八郎の普請道楽の極めつけと言われるほど奇妙なデザイン...祇園祭の山鉾をイメージした...が採用されている(設計は伊藤忠太)。これを相続した喜七郎は気味悪がって足を踏み入れなかったというエピソードが残っているという。
すぐ近くの、伝統的で眼に馴染んだ〝八坂の塔〟との対比がとても面白い。

Dsc_0534sDsc_0531s〝祇園閣〟遠景。
全体が不可思議な形態だが、尖塔上の鳥の飾りがさらにそれを増幅している。






Dsc_0520sDsc_0519s間近で撮った〝祇園閣〟。3階建てのようだ。







SR0014105s大雲院の境内から。








S_2対照的な〝八坂の塔〟
絵葉書的美しさ。




 


Dsc_0648sS_3八坂の塔の前の路地(八坂通)は観光客で大賑わい。 







S_4清水坂はさらに人が多い。〝変身舞子〟に何回か会う。ホンモノはこんな時間にこんな所を歩いているはずがない。







S_5S_6清水寺へ。舞台の上はやはり人が多い。たまたま、ご本尊(観音菩薩像)のご開帳をやっていた。 これは、西国33カ所霊場の全てを3年がかりで順次ご開帳している、その一環でした。ありがたいことです。
Dsc_0553s御利益ありますように。




S_7S_8S_13 清水寺の地元社は縁結びの神。若い女性達でいっぱいだった。






S_11清水の舞台の下、足場部分にはたくさんの彼岸花がありました。この時期に行かねば気がつくこともない。ラッキー!


R0014114s普通なら殺風景になりがちなこんな路地でも、京都はひと味違う!




S_12まったく異質の写真ですが、祇園で撮った(別の日)のでここに載せておきましょう。








...続く...

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2008年10月27日 (月)

京都を歩く(Ⅲ)...琵琶湖疎水、インクラインは今?

本記事は、9月末に訪れた京都の報告の続きです。間延びして申し訳ありません。
今回の旅行はどちらかと言えば、建築ウオッチングにウエートを置いています。そうなると省けないのがインクラインなどの〝琵琶湖疎水〟にまつわる施設です。数知れず京都へ行っているのに未だ見ていなかった。
周知の通り、琵琶湖疎水は琵琶湖と京都市内を結ぶ水路のことで、舟運、水道、発電の多用途に供せられた。水道、発電の機能は今も現役だが、舟運は過去のものとなっているいる。
しかし、この水路を〝舟運〟に使用したと言う事実には驚きと同時にロマンを感じるのは私だけではないでしょう。
Wikipediaを引用すると・・・

『開通(通水は1890年)から十数年は客貨とも大いに利用された。 貨物では大津からの下りは米・砂利・薪炭・木材・煉瓦など、伏見からの上りは薪炭などである。しかし鉄道を主として競合陸運の発展により衰退し、大津行き上り貨物は1936年以降なくなり、伏見行きはその前年にゼロとなった。大津からの下りは第2次世界大戦中も運行されたが、1948年(昭和23年)に蹴上インクラインも運転を停止した。1951年(昭和26年)9月に大津から山科まで4.5tの砂利が運ばれたのが最後となった。』

蹴上には舟運のためのインクライン施設が静態保存されている。水路の蹴上の部分にどうしても36mの段差が生じてしまうので(発電のための落差を得るため)、ケーブルカーと同じ原理の台車に舟を乗せて運ぶ施設を設けたのがこのインクラインだ。
朝早く訪れたせいもあるが、誰もいなく完全に忘れ去られた場所のように感じられた。確かにあった。古びた台車とそれに乗っかった小舟が。幅の広いレールは半ば雑草に埋もれていた。
インクライン施設のすぐ上流には九条山浄水場ポンプ室の建物が見えたし、帰りの下り道では蹴上発電所の水圧鉄管も見かけた。

蹴上からは南禅寺は眼と鼻の先だ。南禅寺では琵琶湖疎水の分流を流す水路橋〝水路閣〟も見た。

S旧都ホテルの前の広い通りからこの煉瓦積みのトンネルを潜って行く。これ自体がインクラインの軌道支持物です。






S_2Dsc_0447s左はインクラインのレール。これに沿って登っていくと、船溜まりに出る。そこには思ったよりも大きな台車と、思ったより小さな舟が待っていた。

Dsc_0451sDsc_0449s右は舟溜まりから上流(琵琶湖側)を見たところ。
遠方に見えるのは九条山浄水場ポンプ室。






Photo対岸より九条山浄水場ポンプ室を間近に見る。京都市民の上水をまかなう施設だ。旧名は〝御所水道ポンプ室〟。つまり元々は御所の防火用として造られた。 1911年竣工、煉瓦造り。

S_3「インクラインの運転の仕組み」のガイド板。



S_4S_5水圧鉄管と旧蹴上第二発電所。この煉瓦造りの建物は1912年建造、現在倉庫として使用。発電はすぐそばで今も行われている。 


Dsc_0480s_2Dsc_0478sDsc_0479s 



〝疎水〟の本流は蹴上からは西へ鴨川の方に向かうが、蹴上で分かれて南禅寺境内を通り北上する分流がある。鐘楼付近にある〝水路閣〟がその分流を流す水路橋である。延長は94m。水路幅は2.4m。

Dsc_0482sDsc_0481s水路閣の上に出てみた。左が水路閣の方向。右が上流側。ネットが水路閣が始まる地点。撮影ポイントは鐘楼の真下です。この〝疎水〟の分流は哲学の道沿いに北上して行くのです。




S_7南禅寺鐘楼。この直近・真下に水路がある。






Dsc_0466s_2Dsc_0475s_2南禅寺へ。



S_12Dsc_0476s_2左は南禅寺山門でくつろぐ外国人観光客。




S_13〝疎水〟の本流は平安神宮の辺りで白川と合流する。




S_14S_15そして僅かな距離で再び白川放水路が分流して行く。この界隈も素敵な雰囲気だ。狭く危なっかしい行者橋が幾つか架かっている。


...続く
 

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2008年10月21日 (火)

〝挙母祭り〟を見る...紙吹雪に魅せられて

10月19日の日曜日に〝挙母祭り(愛知県豊田市)〟を見に行った。我が家からは愛知環状鉄道で30分あまり。こんな近くなのにまだ見たことがなかったし、どんな祭りかも知らなかった。
以前のブログで書いたが、〝祭りの達人〟という本を見て、これは是非、写真に撮ってみたいと思ってこの日を待っていた。

〝挙母祭り〟のポイントを一言で云えば、「山車+紙吹雪」でしょう。この紙吹雪の量が生半可でない。8台の山車が通過する路地は、撒かれた紙吹雪が積雪のようにたまってしまうのです。見物人も紙吹雪を頭から被りながら間近にこれを見ます。壮麗な山車の上にははっぴ姿の人達が鈴なりに乗っていて、彼らが絶え間なく紙吹雪を吹き出す。吹き出した瞬間に山車は美しい紙吹雪に包まれる。その都度、見物人は〝おーっと〟声をあげる。

祭りの起源については、記録としては1630年まで遡るが、幕末から明治初期にかけて現在のような山車が完成したようだ。詳細はこちらの記事(①→ ②→) を参照下さい。
19日は本楽と呼ばれ(18日は試楽)、
七度まいり (7:00~)  曳き込み(10:00~) 神輿渡御(13:00~15:30) 曳き出し(16:00) 泣き別れ(16:30~)と、行事は進行する。

〝曳き出し〟は挙母神社に集結している8台の山車が神社から曳き出される行事で、これが祭りのクライマックスだ。お囃子が激しく高まる中、圧倒的な量の紙吹雪に包まれて山車が1台ずつ神社を出て行く。
これを写真に収めるべく狙い定めていったのだが、とにかく見物人が多くて良い場所が確保できず、うまく撮れなかった。
しかし、鳥居をくぐって出ていく山車をひたすら追っかけて街中で写真を撮った。むしろこの方が自分の性に合っている。祭りに溶け込んでしまい、気分が大いに盛り上がる。充実したひとときだった。

SS_219日14時30分頃に挙母神社へ行くと、8町・8台の山車が集結していた。



S_3S_4山車の前で、お囃子や千代の舞などが披露される。



R0014272s拝殿では踊りなどが奉納される。



 
S_7S_8Ss曳き出しの時間までしばし休養。






S_5S_6街を周っていた神輿が戻ってきた。



S_9境内に降り積もった紙吹雪で遊ぶ。




S_10S_11山車の1階部分を拝見。脇には紙吹雪の袋の山...



S_1215時30分。曳き出しの時間が迫り、山車に人が乗り準備を整え始める。



S_1316時丁度。熱気が最高潮に!




S_14S_18先頭車が出発。白い紙吹雪に包まれる。ここでUターンして本部前を通って、鳥居をくぐる。本部前ではもう一度異なった色の紙吹雪を盛大に撒くのだが、この位置からは見えなかった。

S_16S_17この車は「黄色→赤」 でした。「すみれ色」を吹き上げる車が一番きれいだったが写真には撮れていない。

R0014291sR0014295s神社を出て街路を行く。電線に触れんばかり。







Dsc_1252sDsc_1260s街路を行く。動く車の上でよく立っていられるものだ。


S_19山車上の人たちもとても気分がよさそう!




S_20山車駅前を行く。




S_28 エール交換。




S_26山車を曳く人々。ここでは女性と子供達だった。


S_27各町の代表が集まって、最後の締めくくり。これ以降、山車は分散して、市内各所を周りながらそれぞれの町へ帰る...〝泣き別れ〟


S_22S_23後には、紙吹雪をどっさり残して...




S_24S_25無心に紙吹雪で遊ぶ子供達が印象的でした。




 

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2008年10月14日 (火)

おいらん道中2008...大須大道町人祭

早いものでもう1年経ってしまったのか。大須大道町人祭の目玉でもあるこの行事、例年同じようなものだが、なごやまつりの英傑行列や各種パレードに比べてはるかにインパクトがあるのは何故か?
〝おいらん〟という独特の非日常的な言葉が脳髄を大いに刺激する上に、この行列は大須のアーケードの中を見物客をかきわけるようにして進むからかもしれない。その気になれば触ることもできるし、写真も1m以内で撮ることもできる。
〝おいらん道中〟の説明については、昨年の記事(→こちら参照)に譲るとして、早速、2008年版の写真を。

R0014230sS大須のアーケード街を行く〝おいらん道中〟







Dsc_1024sR0014220s 至近距離から撮影できる。




R0014225sS_2カツラの調整? 






 
S_3行列の終着点はこの「おいらん宿」



〝大須大道町人祭〟の趣旨は全国の名だたる大道芸人を集め、競演させるものだ。参加チームは50近い。大須の街の路上の、あちこちで店開きしている。こちらはあまり写真は撮っていないが、どんな雰囲気か少しばかり紹介しよう。

S_4S_5ちょっとした広場で入れ替わり立ち替わり芸人が登場。このほか、アーケード通でもいろいろパフォーマンスが行われている。右は大須観音境内の会場。


S_6R0014205sちんどん通信社と名乗るグループ。素朴だが、とても楽しい。



S_10Dsc_0888s左は別のちんどん屋。右は似顔絵を描きながらなにやらパフォーマンス。








Dsc_0884sS_9突然、駐車場に高く赤い玉が上がる。練習中のようだ。
右は独楽回しの芸。











S_11S_12S_13ものすごい人だかりの場所があった。背の高い方の私でも皆目何をやっているのか見えない。カメラを両手で高々と差し上げ撮ってみて、金粉ショーだと分かる。終了後はこんな調子で向こうから寄ってくるが、気持ちが悪い!
S_14大須萬松寺境内では、女性達をターゲットにした○○コンテスト。賞金?万円也!


Dsc_1044s最後に口直し。「えど飴細工」というものらしい。
どんな形でもたちどころに作ってくれる。この子は面白くて面白くていつまでも見つめていました。
このような風物屋台もたくさん。

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2008年10月13日 (月)

京都を歩く(Ⅱ)...三条通~寺町通り・高瀬川~四条河原町~五条楽園

歴史的な建物も多い三条通を東に歩き、今度は寺町通りや高瀬川に沿って、五条まで南へ下った。

先ずは三条通。ここは観光客が多いところでもある。建築ウオッチング主体ですが、この付近にある六角堂については前回の分を参照下さい。

SS_2見事な赤レンガの中京郵便局。  これは「ファサード保存」の典型的な事例だそうだ。外壁だけを元のまま復元し、内側は全くの新築なのだ。明治38年に建造された「京都郵便電信局」がその前身。

SacrasSACRA(1916年竣工)。元「不動貯金銀行京都支店」 。現在はファッション関係テナントビル。






S_3S_4S_5今も現役の毎日新聞社京都支局(1928年竣工)。毎日の社章の☆型が至る所に散りばめられているのが特徴。3階のバルコニーを始め、アール・デコ風の直線でまとめれている(京都建築マップより)。
この建物の1階右手後ろには「ラジオ・カフェ」がある。日本初のNPOラジオ局のものだ。
S_6京都ダマシン・カンパニー。京都における、洋風民間建物の一番古いものだ。赤レンガとアーチが美しい。
ところがアーチを受ける柱が抜けているのが面白い。〝木骨煉瓦造り〟という奇妙な構造だからできるワザだ。

Dsc_0400sR0014122s足袋の分銅屋。京都らしいたたずまいだが、実は華のあるこの三条通では異質。



S_8S_9S_10三条通と寺町通りが交差する部分にある矢田寺。アーケードと一体化している。所狭しとぶら下がる赤提灯に圧倒される。


S_11さらに東へ。河原町通を越えて高瀬川に出て、ここから南下。ストリートミュージシャンの演奏にしばし耳を傾ける。



S_18飲み屋街先斗町を行く。先斗町歌舞練場が見えた。17時50分。急速に暗くなる。



S_12四条まで来てしまった。鴨川夏の風物詩〝川床〟が賑わっていました。




S_13S_14四条大橋のたもとでは〝猫の里親募集中〟。ちょうどひき受け手が決まったようで、育て方を詳細に指導していた。


S_15河原町の裏通りのたこ焼き屋さん。何故か〝写楽〟が!京都人の心意気?



S_17これは新京極の〝錦天満宮〟...こういう写真が結構好きだ。このすぐそばのキリンシティでビール&食事を。



以下は翌日の写真ですが、地理的に繋がるので、一気掲載。〝五条楽園〟とはどんなところだろう?
Dsc_0668s高瀬川の五条付近。高瀬川と鴨川の間が五条楽園。遊里が置かれていたところである。



Dsc_0670sDsc_0672sDsc_0671s独特の雰囲気の街並みだった。







R0014119R0014120s実はここまで来たのはこの建物を見るのが目的だった。旧任天堂本社工場(1930年頃)。五条楽園の南端辺りに位置する。


Dsc_0667s五条楽園の鴨川縁にあった灯籠。二つの世界を分けるシンボルのようだった。

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2008年10月 2日 (木)

京都を歩く(Ⅰ)...〝顔の家〟〝巨大な太陽で飾られたイタリアード本社ビル〟〝六角堂〟

足かけ三日かけて京都を歩いた。観光地巡りということではなく、ただ、カメラを持って街を気ままに撮り歩いたというのが実態です。
事前には計画らしきものもなく、漠然と「あの辺り...」というのがあるのみ。
結果として、およそ次の三つのルートを歩くこととなった。
  ①二条通~三条通~寺町通~高瀬川沿い(四条、五条)
  ②鞍馬口~船岡山~金閣寺~平野神社~北野天満宮~大将軍
  ③蹴上、南禅寺、清水寺、祇園など東山地区

フォト・セラピーという言葉があるが、写真を撮りながらだと、一日中歩いていても疲れると言うことがない。むしろ気分がよいから不思議だ。

《顔の家》
ホテルが二条城の前だったから二条通からスタートした、ただそれだけのこと。しかしすぐそこに見たいものがあった。二条通とその北の夷川通の間に〝顔の家〟というのがある。「京都建築マップ」でその存在を知っていた。
道路に面する部分(ファサード)は完璧に〝顔〟だ。二つの窓が〝眼〟であり、入り口部分が〝口〟になっている。向かって左側面のベランダは〝右耳〟と見える。これらは建物の機能的部分だが、「箱形の全体に付け足された冗談」と評されている〝鼻〟がついている。
道路が狭く広角レンズがないと正面からは全体を写せない。
顔をデザインした建物は外でも見たことがあるが、ここのは建築として傑作だ。表情も柔和で心温まる。

S_2S_3〝顔の家〟 
スタジオを兼ねた併用住宅だとのこと。1974年竣工。





Photo「建築マップ」のイラストを借りました。これなら〝耳〟の部分も確認できる。








《太陽のモニュメントで飾られたビル...イタリヤード本社ビル》
写真になりそうと、目星をつけたのがこの建物。二条通と三条通の間、地下鉄東西線が走る御池通に面して立つ堂々とした建物だ。京都建築マップの解説によれば、『19世紀初頭のモチーフに構成された正面ファサードに付着する直径12m・金属製の装飾的円盤は〝太陽〟を模したモニュメントであり、また、CIマークつまり広告塔としての意味を持つ』
夜のこの太陽はとりわけ素晴らしいと書かれているが、確かめるのを忘れてしまった。

Dsc_0383sS_4イタリアード本社ビル
〝太陽のモニュメント〟をファサードに持つ素敵なビルだ。
朝8時だから、人通りが少ない。子供達が通ると、太陽の大きさが際だつ。




《六角堂》
これは観光の対象としても有名だし、おまけに西国33カ所札所でもある。私も札所巡りのために来たことがあるが、建物について記憶がほとんど残っていなかった。
今回つぶさに見て、とてもユニークな建物であることを確認した。本堂は六角円堂と拝所の複合建築で、屋根が複雑に重なり合っているのが特徴である。
その昔、六角堂が京都の中心だったと言う。
建物を見に行ったのだけれど、むしろ六角堂の境内に置かれていた、お地蔵さんや石坊主?も印象に残った。

Dsc_0690s六角堂の入り口




Dsc_0681sDsc_0689s本堂。複雑な構成を持つ屋根に注目。
後ろには池坊のビルが迫っている。



Dsc_0687sS_5何となくユーモラス



S_6これはまたキュートなお地蔵さん






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