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2008年12月に作成された記事

2008年12月24日 (水)

〝モネ「印象 日の出」展〟を見に行った...歳末の街を歩く

名古屋市美術館で開催中の〝モネ「印象 日の出」展〟を見てきた。

2004年10月のパリ旅行の際に、モネの作品を90点以上所蔵するマルモッタン美術館を訪れた時のことを思い出す。
ここで、いの一番に見るはずだった「印象 日の出」が貸し出し中で代わりに小さな半紙のコピーが無造作に貼ってあるではないか。印象派の説明をしようと手ぐすね引いていたガイドは絶句してしまったし、我々もがっかりした。

それから4年、この作品が名古屋まで来てくれるなんて、なんと幸せなことだろう?敗者復活戦のような気分で、開催二日目に勇んで出かけました。
画集でさんざん見て想像していたものとは、やはり実物は違っていた。色彩はずっと淡い感じだけれど、強く迫ってくるものがあるのは絵の具の質感のせいでしょうか。
なお、この展覧会ではモネの作品は全部で18点(〝日の出〟以外は国内から集められている)見ることが出来る。その中ではロンドンで描かれた「テムズ川のチャリング・クロス橋」が、私には印象深かった。
Photo
〝モネ「印象 日の出」展 〟のパンフ
今回は巡回は無く、名古屋市美術館だけです。





   ☆   ☆   ☆

以下、歳末の街を歩いて撮った写真をどうぞ。
SS_2 
24日、クリスマスイブ!
名鉄百貨店前のお馴染みの〝ナナちゃん〟





S_3名古屋駅近くの飲み屋さんで、「客寄せ雪だるま」制作中 。わざわざ岐阜から雪を取り寄せたという。


Sdsc_2019ハンドベルで「ジングル・ベルズ」
至る所でやってますね。



S_4Photo_2南大津通でカメリンの路上ライヴ準備中。
彼らが唄うのは「I LOVE TOFU・・・日本豆腐協会推奨ソング」






以下は、イルミネーション。
S_5
南大津通ラシック前。





S_8S_9 自転車タクシーもイルミネーション。 初乗り300円なんですね。右は走行中。 
(栄三越前にて)





R0014623s_2牛のイルミネーション!
あと数日で丑年2009年。どんな年になるのでしょうか?
(金山駅前にて)

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2008年12月13日 (土)

紅葉と黄葉...急遽京都へ!...写真より眼で見るのが一番

季節の進行は早い。当地の紅葉も終わりに近づき、落ち葉が目立つこの頃だ。

もみじ=紅葉&黄葉(辞書、パソコンかな漢字変換) 
赤い紅葉→カエデ(楓)など
黄色い紅葉=黄葉→イチョウ(銀杏)など
日本語は面白いし、ややこしい。語源的には『木々の葉が、秋口の霜や時雨の冷たさに揉み出されるようにして色づき始めることから「揉み出づ」→「もみづ」→「もみじ」→紅葉』ということのようだ。

紅葉の写真を少しばかり掲載しておきましょう(スナップ感覚で撮ってあるので...)。

PhotoPhoto_2この2枚は春日井市の円福寺境内(ウォータンの散歩コース、11月末撮影)。






Dsc_1816Photo_3桜通のイチョウ並木。JRタワーズとミッドランド・スクエアを背景に。
右は名駅近くの小さな神社にて。屋根にずっしりと降り積もったイチョウの落ち葉を払い落としていた。(12月12日撮影)




Photo若宮大通りのブリッジを行く若者達。まだ、イチョウの黄色が残っていた。(12月14日撮影)






以下は京都の紅葉。12月3日撮影。永観堂の紅葉が見頃と、NHKで放送していたのを見て急遽出かけた。永観堂に限らず、どこも素晴らしかった。陽の光をいっぱいに受けたカエデがはでやかに輝き、赤い照明のように辺りを染めていました。
しかしながら、これを写真にどう収めるのか?とても無理な相談。しっかり記憶しておくしかない。
Dsc_1833Photo_5先ずは南禅寺。山門を背景に。








Photo_6永観堂の入り口。紅葉シーズンは拝観料も大幅アップします。



Photo_7Photo_8右は隣接の永観堂幼稚園。カエデやイチョウの葉が舞う中で元気に子供らが遊んでいました。



Photo_9Photo_13真如堂正門と鐘楼。とにかく紅葉は逆光気味で撮りたいのだが!?


Photo_10こちらも京都の代表的な紅葉の名所だ。地元の人によるとここもテレビで放送されたとのことだった。そのせいかとにかく人が多かった。
Photo_11 




Dsc_1929Dsc_1931哲学の道。琵琶湖疎水が赤く染まっている。







Dsc_1932「哲学の道」随一の美しいカエデ。ある写真雑誌にもこの風景が載っていた。

 

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2008年12月 8日 (月)

だるま夕日...地球影...グリーン・フラッシュ

高知県宿毛市では、毎年、「だるま夕日フォトコンテスト」というのをやっている。
「だるま夕日」とは?同市のホームページには次のように書いてある。
『この夕日は、11月から2月ごろまで見られる現象で、気温が低く大気と海水の温度差が大きい日に現れます。太陽が水平線上に沈みかけた時、海面から上がる水蒸気の層を通る光が屈折してもう一つの太陽が海面に映し出され、二つの太陽が接すると、まるで海から「だるま」が顔をのぞかせているように見えることから「だるま夕日」と呼ばれています。
だるまはやがてお椀を伏せたような形となり、あっという間に水平線に隠れます。わずか数十秒間のドラマです。
12月初旬から中旬までは、咸陽島の島と島の間で見られます。
天気の良い日が続き、九州方面に高気圧が張り出しているときが「だるま」になる確率が高いようです。』

この説明が正しいかどうかは疑問ですが、細かいことは言わない。ここで紹介されている写真はとても美しく面白いです。初めての人は見てみるとよい(こちら→)。
1
宿毛市のホームページ。だるま夕日フォトコンテストの案内。


実は私は知らなかった。朝日カルチャーセンターで現在、「雲の形と空の色」と言う講座を受けていて、そこで仕入れた知識だ。旅行好きの人や写真をやる人はみんな知っているのだろうか?

この講座で扱う内容は、とてもユニークで興味深い。
青空の青、夕焼の赤、虹の七色から始まって、地球影、光芒、ハロー、幻日、ブロッケン、彩雲、蜃気楼、グリーン・フラッシュ...と、多彩である。
それぞれどんな現象か、科学的に説明してもらうと同時に、講師が撮影した素晴らしい写真(講師は登山家でもあり高山での写真が多い)も見せていただいた。

ところで、上記に並んでいる現象のうち、私は「地球影」と「グリーン・フラッシュ」は、言葉すら知らなかった。皆さんはどうでしょうか?

まず「地球影」ですが、これは文字通り大空に地球の影が映る現象なのだ。
水(地)平線に太陽が沈み、西の空が真っ赤な夕焼に染まる...しばらくして反対の東の空が赤くなってくる。これは、大気中の水蒸気がスクリーンのような働きをして、地球の影が映っているのだという。夕焼けの赤もそのまま東の空に映るのだ。
この現象は広く開けた場所なら大概見られるというのだが!?

一方、「グリーン・フラッシュ」はとても見るのが難しく、これを見た人は幸せになれるという伝説があるほどだ。現象としては、〝太陽が沈んでいく時、最後の一瞬間に緑の閃光が見えることがある〟というもの。だからフラッシュ(閃光)なのだ。
原理はどうなっているか?
基本はプリズムの原理。沈みつつある太陽からの光は、大気を斜めに突っ切って来るが、大気層の密度は下が濃く、上が薄いから、下向きに曲線を描いて我々の目に入ってくる。この時、赤い光は曲がりにくく、青いほど曲がりが大きくなる。つまり、虹のように分光するのだ。この時、眼に入る角度から、赤が下、青が上というように七色の層が積み重なったように見えるはずだ。ただし、青は途中で散乱し青空を造るために失われるので、最上層(夕日の天辺)は〝緑〟になる。実際にはこの〝緑〟の層の見かけ上の幅は太陽全体の視度直径32秒に対し、僅か0.5秒だから人間の眼で見分けるのは元々困難である。
しかしながら、太陽が水平線に没して行き、このグリーンの部分だけが残るような状態になった時、かつその時の眼に届くまでの大気の経路の状態がある理想的な条件になっている時に、一瞬間(計算上1秒間ほど)〝緑の閃光〟が見られるというのだ。
大気の条件としては、先ずクリアであること、そして海面温度が高くて空気密度の低い層が海面近くに出来ること、加えて蜃気楼が起きると〝緑の層〟が浮き上がり、かつ膨張する...そんな時が理想だと言う。

具体的にどういうものか、英語版Wikipedia等から拝借した写真を載せておきましょう。(どういう訳か、日本での観測例はほとんどなく、一方、外国のサイトにはたくさんの写真があります)
800pxbig_green_flash800pxgreenflash_2800pxinferior_mirage_green_flashグリーン・フラッシュの観測例。
(Wikipedia(英語版)より)


ジュール・ヴェルヌが「The Green Ray(緑の光)」で小説にしているくらいだから、昔から目撃者は居たのでしょうね。
ヴェルヌはこの小説で、もしも太陽が沈み行く時に〝緑の閃光〟が見られたら、その人は「人の心の内が分かるようになる」と書いている。「しあわせ伝説」のルーツです。
とにかく、大空には光による不思議な現象が満ちている。

寒さは増してきたが空は素晴らしく綺麗。この時期は、飼い犬のウォータンの夕方の散歩が丁度日没と重なり、ほとんど毎日、素晴らしいサンセットを眺めることが出来る。ウォータンのお気に入りの高台に立つと、遙か遠くの鈴鹿の峯に真っ赤な太陽が今日も沈んでいく。グリーン・フラッシュでなくとも充分しあわせな気持ちになれますよ。

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2008年12月 2日 (火)

菊地成孔の〝記憶喪失学〟...ジャズ+ポピュラー音楽+現代音楽で映画に呪われた音楽を!

久しぶりに音楽のことを書こう。
先週、菊地成孔の〝記憶喪失学〟というCDを衝動買いしてしまった。この奇妙なタイトルと、ジャケットの「ゴーギャンの求めた楽園」のような絵に強烈に惹かれて!

ジャズは好きだが、新しい物は、特に日本のジャズはあまり聞いていない。菊地成孔と言えば、アヴァンギャルドなジャズを思い浮かべてしまい、私としては触手が伸びなかった。
一方、彼は著作活動も熱心で、ジャズの歴史を東大で講義した「東京大学のアルバート・アイラー」はなかなか良かった。だから彼の音楽活動にもすごく関心はあった。

菊地成孔はこれまでも、いろんな形で演奏活動を行ってきたが、この作品は〝ぺぺ・トルメント・アスカラール〟名義で、弦楽四重奏を組入れた編成である。「現代音楽とラテンラウンジを繋ぐストレンジ・オーケストラ」などと、紹介されているようだ。
このCDの帯封には、「優雅で憂鬱で未来的な...」と言う形容詞も付されているから、音楽の傾向についてある程度想像がつく。実際に聞いてみてその期待を裏切らなかった。というより、私の好みに合う音楽だった。現代音楽的要素は適度に控えめで、むしろいろいろなポピュラー音楽の要素がたっぷりでとても聞きやすかった。
菊地はサックスはもちろん、鍵盤楽器やヴォーカル(1曲だけ)までやっている。女声と紛うばかりの、なんとも〝たおやかな〟声なんですね。

さて、問題はこのタイトル。何故「記憶喪失」なのか?
さらに、このCDの内容について「映画に呪われた非映画音楽」との難解な紹介がなされている。
ライナー・ノートは菊地本人が書いていて、その辺のところにも触れている。

彼は子供の頃、ある映画館に出入り自由、見たい放題見れる環境にあったらしい。シネマ・パラダイスのあの少年のようにだ。その頃のことだが奇妙な体験をしたという。映画を見たにもかかわらず、その内容についてまったく記憶がないのだ。そんな体験...彼は「症状」と言っているが...を音楽化することで保存したかった...。
したがって、CDの楽曲には映画音楽(あるいはそれらしき)のタイトルが並ぶ。
しかし、ニーノ・ロータ作曲の〝8 ½〟など本来の姿のもあるが、ほとんどが菊地やメンバーの作曲したものである。この曲のラインナップについて、菊地は次のように述べている。

『映画の呪いとしての音楽を、或いは映画の呪いから解き放たれた音楽を、その憂鬱なまでの美しさを、どうか存分に堪能していただきたい。そして聴き終えた後、一体どれだけ記憶しているか、美しい単純なメロディーを、どれだけ口ずさめるか、記憶の喪失や不全を、そしてその逆転現象として予想される、抑圧していた記憶との悪夢的で甘美な再会を存分に楽しんで頂きたい。』

このCDをまったく予備知識なしに聴いたらどう感じるか?
写真のキャプションと同じで、制作コンセプトを知って聴いた方がより一層、楽しめるでしょう。いずれにしても、これはなかなかの音楽だと思います。

12 
〝記憶喪失学〟
 菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール
 (10/2008)

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