菊地成孔の〝記憶喪失学〟...ジャズ+ポピュラー音楽+現代音楽で映画に呪われた音楽を!
久しぶりに音楽のことを書こう。
先週、菊地成孔の〝記憶喪失学〟というCDを衝動買いしてしまった。この奇妙なタイトルと、ジャケットの「ゴーギャンの求めた楽園」のような絵に強烈に惹かれて!
ジャズは好きだが、新しい物は、特に日本のジャズはあまり聞いていない。菊地成孔と言えば、アヴァンギャルドなジャズを思い浮かべてしまい、私としては触手が伸びなかった。
一方、彼は著作活動も熱心で、ジャズの歴史を東大で講義した「東京大学のアルバート・アイラー」はなかなか良かった。だから彼の音楽活動にもすごく関心はあった。
菊地成孔はこれまでも、いろんな形で演奏活動を行ってきたが、この作品は〝ぺぺ・トルメント・アスカラール〟名義で、弦楽四重奏を組入れた編成である。「現代音楽とラテンラウンジを繋ぐストレンジ・オーケストラ」などと、紹介されているようだ。
このCDの帯封には、「優雅で憂鬱で未来的な...」と言う形容詞も付されているから、音楽の傾向についてある程度想像がつく。実際に聞いてみてその期待を裏切らなかった。というより、私の好みに合う音楽だった。現代音楽的要素は適度に控えめで、むしろいろいろなポピュラー音楽の要素がたっぷりでとても聞きやすかった。
菊地はサックスはもちろん、鍵盤楽器やヴォーカル(1曲だけ)までやっている。女声と紛うばかりの、なんとも〝たおやかな〟声なんですね。
さて、問題はこのタイトル。何故「記憶喪失」なのか?
さらに、このCDの内容について「映画に呪われた非映画音楽」との難解な紹介がなされている。
ライナー・ノートは菊地本人が書いていて、その辺のところにも触れている。
彼は子供の頃、ある映画館に出入り自由、見たい放題見れる環境にあったらしい。シネマ・パラダイスのあの少年のようにだ。その頃のことだが奇妙な体験をしたという。映画を見たにもかかわらず、その内容についてまったく記憶がないのだ。そんな体験...彼は「症状」と言っているが...を音楽化することで保存したかった...。
したがって、CDの楽曲には映画音楽(あるいはそれらしき)のタイトルが並ぶ。
しかし、ニーノ・ロータ作曲の〝8 ½〟など本来の姿のもあるが、ほとんどが菊地やメンバーの作曲したものである。この曲のラインナップについて、菊地は次のように述べている。
『映画の呪いとしての音楽を、或いは映画の呪いから解き放たれた音楽を、その憂鬱なまでの美しさを、どうか存分に堪能していただきたい。そして聴き終えた後、一体どれだけ記憶しているか、美しい単純なメロディーを、どれだけ口ずさめるか、記憶の喪失や不全を、そしてその逆転現象として予想される、抑圧していた記憶との悪夢的で甘美な再会を存分に楽しんで頂きたい。』
このCDをまったく予備知識なしに聴いたらどう感じるか?
写真のキャプションと同じで、制作コンセプトを知って聴いた方がより一層、楽しめるでしょう。いずれにしても、これはなかなかの音楽だと思います。
〝記憶喪失学〟
菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール
(10/2008)
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