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2009年5月25日 (月)

シルクロードの旅その1(ホータン)...いきなりタクラマカン砂漠!

15+1(成田前泊)日も家を空けると、雑用がたくさんたまってしまう。それらも一段落し、ようやく撮った写真を眺め、ブログに報告しようという気になってきた。
なお、中国では新型インフルエンザの脅威は全くなく、帰りの北京、成田各国際空港の検疫も拍子抜けするほどスムースだった。実質、体温監視カメラだけが頼りのようだ。

さて、今回の旅行は中国新疆ウィグル自治区のシルクロード沿いの地を廻るものだったが、実質的には「砂漠とオアシスをめぐる旅」とも言える内容だった。また、この地域はウィグル族を始めとする少数民族の居住地で、いわゆる漢族中心の中国とはイメージがまるで違い、別の国と思った方がよさそうだ。

成田から北京経由で新疆ウィグル自治区のウルムチへ飛び、ここが今回の旅の始まりだったが、ウルムチには10日目にもう一度訪れることになるので、この旅行記は次の宿泊地ホータンから始めることにする。
第2日目、天山山脈の東北ふところにあるウルムチから、広大なタクラマカン砂漠をひと飛びし、砂漠の西南、崑崙山脈の北側のオアシス都市ホータンに向かった。
タクラマカン砂漠は東西2000km、南北600km。ほぼ日本と同じ面積を持つ。ここを斜めに横断したわけだが、飛行時間は約2時間だった。この広大な砂漠へ入り込んだら〝二度と戻れない死の砂漠〟・・・それがウィグル語での「タクラマカン」の意味なのだ。
もっとも、石油資源が見つかったこともあり、今では砂漠を南北に縦断する道路もできているし、砂漠の北側を延々と走る南疆鉄道も出来た。

ホータンは「砂漠の中のオアシス」と言う点で最も典型的な所だ。しかし、実際に行ってみて私の既成概念(比較的こぢんまりした緑の楽園!)は大きく崩された。先ず、オアシスと言ってもここは大きな都市だった。人口は19万人。空から見て分かったが、〝緑の覆う土地〟がかなり広大な面積を占める。ただし、植生はやはり貧しく、厚みもない。植物の種類はどれくらいあるのだろうか?オアシスで最も目立つ植物はポプラだった。オアシスの至る所で立派なポプラ並木が見られる。野菜や果物はなかなか豊富で、食事も美味しかった。
5月は砂嵐の季節ということでマスクやゴーグルも用意したが、たまたま好天に恵まれて使用の機会はなかった。それでも、一日外を歩いていると体中砂まみれになった。一見、穏やかに見えても、オアシスの生活というのはやはり相当厳しいものがあるのだろうと想像された。
街を歩いて驚き、興味深かったのが、車の列に混じって、ロバ車が悠々と行き交っていることだった。また、街行く人々はほとんどがウィグル族で、男は独特の小さな帽子を被り、女は頭にはスカーフ、そして原色の鮮やかな服を着ている。
ホテルはまさに街の中心、「団結広場」の直ぐ横だった。この広場には大きな毛沢東と名前は忘れたが地元の有名な人が握手している像が建っている。この広場には終日人々が集まり、夜も遅くまで賑わっていた。

ホータンでの観光は「バザール」「アトラスシルク工房」「ホータン絨毯廠」「マリクワト古城遺跡」「白玉河の玉(ぎょく)探し」「ラクダで砂漠行」など。
なお、ホータンの玉(ぎょく)は古代から有名でシルクロードで西洋にも送られていたと言う。今でも探せば出てくるということで、仕事にしている人が実際に居るのだ。

ホータンでは、オアシスという制約のある地でのウィグル族の人々の素朴な暮らしぶりをしっかりと見、記憶にとどめることが出来たのが大きな収穫だったと思う。

以下写真で...
Photoタリム盆地を中心とした地図



Photo_3シルクロード概念図(長澤和俊〝シルクロード〟より) 
ホータンは〝西域南道〟上に位置する。この道が古くから最も利用された。タクラマカン砂漠南辺のオアシスを繋いで行くルートだ。この図の北道はさらに天山山脈を挟んで〝天山北路〟と〝天山南路〟に分かれる。

SS_3ホータンの街の中心にある〝団結広場〟
毛沢東と握手するのは地元の著名人。
右はステージで行われたイベントを見る人々...漢民族とは明らかに異なる顔が並ぶ。

S_4S_5ここでも子供達はサッカーに熱中。カメラを持って近づくとたちまち寄ってきて撮ってくれとせがむ。まだまだ純真だ。夜11時過ぎになっても広場はこの通り。夜通し遊ぶのだろうか?

S_6S_7左はホータンのメインストリート。オート三輪とロバ車が悠々と行く。右は仲むつまじい夫婦。仕事に出かけるところらしい。


Sdsc_3807S_8ホータンの街角風景。右は朝飯中。




S_9S_10ホータンのバザール。 ロバ車のおじさんも買い物。




S_12S_13バザールの賑やかな通りから狭い路地をに入ってみた。いきなり花飾りのロバ車に出くわし、危うく撮影タイミングを逸するところだった。おかげでピント合わせがうまくいかなかった。





S_14昼食のレストラン横で見つけたスイカ売り。




S_15アトラス・シルク工房の見学。左は繭から糸を引き出す作業。珍しい風景だ。シルクロードの旅だが、絹織物の工房を見れるとは思ってもいなかった。

S_17





S_18S_19 機織り作業。女工さんは若く美しい。









S_20この工房の片隅に居た〝爺と孫〟。もしかして観光客向けの存在かも知れないが、なんともいい顔をしていた。
このほかに「ホータン絨毯廠」も見学したが、割愛する。


S_21S_22次はラクダの試乗。時間をかけて、タクラマカン砂漠の端まで出た。 
なお、ラクダ試乗は敦煌でも行った。風景的にはそちらが勝る。

S_23S_24ホータンの街から25km離れた〝マリクワト古城遺跡〟を訪れた。1500~2000年前の于闐(うてん)国の砦だと見られている。南北1500m、東西800mの広さがあり、このような土塁遺跡が点在する。

S_25遺跡の所まで ロバ車で送り迎えして生計を立てる家族。




S_27ロバ車に乗らなかったので、彼らは何となくついてくる。ちょうど良いので小銭を渡して遺跡を背景に被写体になってもらった。



S_28オアシスの植生の代表、ポプラの並木道。このような美しい風景が至る所で見られる。



S_29ポプラ並木の後ろには水路があった。豊かに流れるのは崑崙山脈の雪どけ水だ。








S_30S_31遺跡見学の帰途、マリクワト村に立ち寄り、村人と間近に接した。








S_32S_33村の暮らし...




S_34 村人達はとても素朴で明るく、大いに親しみを感じた。

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