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2009年6月 7日 (日)

シルクロードの旅その3(カシュガルⅡ)...ウィグルの人たちとの距離感が縮まる

カシュガルはタクラマカン砂漠の西端、すなわち中国の最西端に位置する都市だ。古くからシルクロードの要衝であり、東西文明の十字路と言われてきた。実際にこの地で〝西域南道〟と〝天山南路〟が合流し、さらに西へ・・・インドや中央アジアへと道は続いて行く。
この〝シルクロード十字路〟と言われる地点に実際に行ってみた。どうと言うこともない交差点だった。
古くからいろんな民族の支配下に置かれたが、現在はウィグル族が80%近くを占める。文化・宗教の面から見ればイスラム系であるから、中国であって中国でない、異質なところだ。

カシュガルには三泊したが、市内では、新疆最大のイスラム寺院「エイティガール寺院」、イスラム教の著名な指導者の墓「アパク・ホージャ墓」、元シルクロード交易場所でもある「大バザール」、木工、金工などの職人が集まる「職人街」を見た。
これらはまさにカシュガル観光の定番、目玉であるが、私としては、ことのほかウィグル族の居住地を歩く機会が多くあったことが嬉しかった。特に、〝老街〟と呼ばれる旧市街地に入り、実際にある住居の中を見せてもらったこと、また夕食もあるウィグル族民家で手料理を頂くことが出来たことが感慨深かった。
以下写真で...

Photo〝シルクロードの十字路〟と呼ばれるカシュガル。実際にこの交差点で天山南路(写真奥)と西域南道(同右手)が合流している。交差点手前の道路はパキスタンへ、左手の道路はキルギスタンに通じている。

《エイティガール寺院》

SS_2左右のミナレットは18m。建物全体を覆う黄色が印象的だ。入り口扉の上に掲げられた額の青地の装飾とミナレットの青い色の装飾がポイントになっている。この額の上には白い鳩が三羽居るのに気づいた...何かの象徴か?
S_3S_4入り口を入ったところには装飾の美しい窓があり、中庭が見える。
静かな中庭を進む。





S_5S_6通路の両側には、1日5回の礼拝の合図を送るエザンの台なる施設がある。さらに行くと礼拝堂への門があった。

S_7S_8S_9左は礼拝堂前面に設置された礼拝スペース。
礼拝堂内部にはいると、中央にミフラーブがあった。青い絨毯の四角の枠一つが一人分のお祈りのスペースだ。



Photo_2寺院前で会った感じの良い母と子。




《職人街》
エイティガール寺院周辺の路地には〝職人街〟と呼ばれる工房兼売店がたくさん連なっている。木工、金属関連が多いが、その他にアンティークやアクセサリー、生活用品、ナンやシシカバブなどの食べ物を造り、売る店が並んでいる。 
S_10S_12
このイスラム風瓢箪は気に入ったので買いたかったが、かさばるので止めにした。今から思えば...

S_13S_14帽子屋が数軒。左は男性用、右は女性用。ウィグル族の男性は必ず帽子を被る。






S_15S_16S_17ウィグルの民族楽器の店。店の裏では楽器製造中。



S_18鍋作り工房の前では子供の職人?が仕事をしていた。








S_19Photo_34 さてこれは何でしょう?
答え;幼児用穴開きベッドと小便取り器具(細長い筒状のもの。正式名称不明)。
使い方は説明しなくとも大体想像がつくでしょう!

Photo_3S_21S_22シシカバブを焼く臭いはたまらない。
ナン製造販売所前の店番の爺さん。思わず「おいしそうですね」と声をかける。
籠の中の果実の〝緑〟がまぶしい。


Photo_4Photo_5羊の首... 気の弱い人はクリックして拡大しないでください。








職人街の賑やかな表通りから、路地裏へ入ってみた。以下はその時の写真。
S_23Photo_7

サッカー遊びは万国共通。






Photo_8Photo_9突然入っていったので意外なシーンに出遭うこともたびたび。 
ちょっと失礼!

PhotoPhoto_2この子供達は恥ずかしがりのようだ。純真で可愛い。






Photo_3女性達の服装はイスラム風が普通。







Photo_4Photo_5この2枚は別の小さなバザールでのもの。
とても美しいピンクの衣装に包まれた女性が行く。私だけでなく、街行く地元の男性も心惹かれるようだ。

《老街訪問》
観光の一環として旧市街「老街」の見学が組まれていた。路地を歩くとともに1軒の民家を訪問、お茶を頂く。
Photo_6
新市街と旧市街の境あたりで「老街」の方を見る。この外見写真だけを見ると誤解を招くかも。


Photo_8老街の中に入る。




Photo_9Photo_10目立つのが戸口に掲げられた〝平安家庭〟のプレート。政府が模範的家庭に対して認定するものらしい。






Photo_11Photo_12訪問させていただいた家はもちろん〝平安家庭指定〟。



Photo_13Photo_15素敵な応接間の飾り棚。 
ベランダからの風景。大きな川の向こうに新市街が見える。


SPhoto_18








Photo_17Photo_19 老街を歩くとこんな風に人々と出遭う。




《アパク・ホージャ墓・・・別称〝香妃の墓〟》
創建は1670年。新疆イスラム教指導者アパク・ホージャとその家族が葬られた墓だ。乾隆帝のウィグル人妃子〝香妃〟の墓と誤伝されていた経緯があり、今でも〝香妃の墓〟で通じているが、この美しい建物を見れば、誰でも納得する。
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墓サイトへの入り口も素敵だ。






Photo_25Photo_26右は香妃の墓の全景。左はその部分をアップ。14色のタイルを使っていると言うだけあって、ビューティフル!ただし、写真での再現はとても難しかった。





Photo_23Photo_24墓の内部。列柱の装飾の美しさに目を奪われる。








《ウィグル族民家訪問...夕食をご馳走になる》
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訪問民家。とても立派だったし、食事も美味しかった。



Photo_29
周りの家並み。比較的裕福なウィグル族の人たちが住む区域だ。



Photo_32Photo_33家の扉や服装の色彩が楽しい。土色一色の砂漠の中の生活で自然発生してきたものだろうか?




...続く...これ以降はもう少しスピードアップします。

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