« シルクロードの旅その5(カシュガル→トルファン)...南疆鉄道で22時間、天山山脈を縫って走る | トップページ | シルクロードの旅その7(ウルムチ)...〝楼蘭の美女〟〝中国のスイス-天池〟 »

2009年6月20日 (土)

シルクロードの旅その6(トルファンⅡ)...〝交河故城〟と〝高昌故城〟それは土色一色だが、ロマンを感じさせる空間でもあった

トルファン(吐魯番)は地理学的に面白いところだ。先ず、世界で最も海から遠い地点なのだ。北は北極海、南はインド洋、東は東シナ海などからほぼ等距離(それぞれ3000~4000km)、内陸の奥の奥に位置する。
それでいて、信じられないことに世界有数の「低地」でもある。トルファン市域のかなりの部分がマイナス高度で、最低位はトルファン郊外、アイディン湖の-154m。そもそも〝トルファン〟とは、ウイグル語で〝低い〟〝くぼんだ所〟の意味だという。
そんなこともあって、暑さは半端じゃないらしい。夏の最高気温は38~40度、これまでの最高は49度と、ガイド書にはある。

トルファンでは二つの古い城址遺跡を見た。〝交河故城〟と〝高昌故城〟である。これら二つは世界遺産候補になっているとの説明があった。
〝交河故城〟の方が古く、前漢代(1~2世紀)に存在した車師前国の都だったとされている。二つの河の交わる高台にあったことから、この名がある。全長1600m、幅300mの葉っぱの形をしたエリアに日干し煉瓦で作られた多数の建築物の名残が見られる。一部を除いて保存状態は良くなく、ちょっと見にはただの土塁にみえるかもしれない。それでも古さを考えると、やはり偉大な遺跡だ。

〝高昌故城〟は元は漢族の砦としてトルファンの東側に築かれたのが始まりで、499年には漢人・麹嘉(きくか)が建てた高昌国の王都となった。高昌国そのものは640年に唐に滅ぼされるが、その後ウィグル人がここを都とする国を建てたりして、この地は1000年の長きにわたり栄えたという。
〝高昌故城〟は〝交河故城〟に比べて遙かに規模が大きい。周囲5km、外城、内城、宮城の構造が確認できる。
玄奘(三蔵法師)がここに2ヶ月ほど滞在し、説法を行ったと伝えられる寺院遺跡を見た。この遺跡でもっとも目立つきれいな円形の建物だった。その建物にはいる時、何か、ジンとするものを覚えた。

トルファンでのその他の観光カ所は、アスターナ古墳群、ペゼクリク千仏洞、火焰山など。火焰山はかの有名な西遊記に出てくる場所だ。山は「赤い」と言うにはほど遠い、くすんだ色だった。火焰山を見晴るかすとてつもなく広々とした野(草は生えていない)に三蔵法師が孫悟空、猪八戒,沙悟浄を引き連れた大きな像がポツンと置かれていた。何かがなければ、この茫漠たる空間を前にして、距離感も大小の感覚も麻痺してしまうから、これは必須のアイテムなのだ、と思った。

《交河故城》
S交河故城遺跡への入り口




Dsc_4467sDsc_4468s見学者用の板敷きの通路を行く。




Dsc_4463sDsc_4478s右は「東城門」 




Dsc_4495sS_2大佛寺の正面と表示板拡大




S_3Dsc_4498s左は大佛寺内部 
右は寺から振り返ったところ



《高昌故城》
PhotoPhoto_2 高昌故城入り口の表示プレート
遺跡は広大だから見学にはロバ車を使う。



Photo_3Dsc_4396故城址を行く
ロバ車との比較で構築物の大きさが分かる



Dsc_4397徒歩で施設址を見学




Photo_4玄奘(三蔵法師)が説法を行った寺院




Photo_6Photo_7入り口と内部の様子




Photo_9Dsc_4407_2いろいろな施設の址








とにかく土色一色の世界だ。朝夕の太陽高度が低い時には、光と影が写真を面白くするかも知れないと思った。単調な風景と言えばそれまでだが、しかしおびただしい廃墟に囲まれたこの不思議な空間に一定時間滞在していると、そこはかとなくロマンチックな気分になってくる。

S_5小さな村で葡萄栽培農家を訪ねる。 
水を見るとホッとする。右は村の雑貨店。
SPhoto






Photo_11Photo_12干しぶどうの試食。ここで土産に500gほど買った。
右は桑の実。


《アスターナ古墳群》
Photo_2Photo_3アスターナ古墳群の入り口に設けられたモニュメンタルな施設。鎮魂の意味だろうか?



Photo_4この古墳群は高昌国の貴族や住民達の墓で、227~778年まで間に造られ100以上存在する。このうち三つが公開されている。
中にはミイラが安置されていた。







《ペゼクリク千仏洞》
火焰山北麓にある仏教遺跡。川に沿った断崖に仏を安置した洞が多数並んでいる。現存するのは83窟。最盛期は1200年前頃。ウィグル人達が造った。
〝ペゼクリク〟とは、〝装飾された家〟の意だが、大半の壁画は探検隊によって剥がされてしまった、と言う説明を聞くと悲しくなってしまう。
ここでは代表的な5窟を見る。立派な仏像やかろうじて残された装飾が素晴らしかった。
Photo_5Photo_6 
左;立地状況がよく分かる。
右;20窟入り口





Photo_7帰り頃には砂嵐が!




《火焰山》
Photo_8Dsc_4453_2背景の山が火焰山。高さは500m、東西に約100kmも続く大きな山脈なのだ。これは南麓の風景。



Photo_9Photo_10左は温度計。現在温度30度。トルファンとしては涼しい方だ。
右は大きなモニュメントに戯れる家族。何故かこの風景が心に焼き付いてしまった。





Photo_11こちらは火焰山北麓の風景。
ラクダまで居て、絵葉書的風景が撮れる。



Dsc_4446Photo_12こちらにも〝ご一行様〟の像があった。やはり孫悟空はかっこいい。



S_2「トルファン賓館」



   

|

« シルクロードの旅その5(カシュガル→トルファン)...南疆鉄道で22時間、天山山脈を縫って走る | トップページ | シルクロードの旅その7(ウルムチ)...〝楼蘭の美女〟〝中国のスイス-天池〟 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172334/45377206

この記事へのトラックバック一覧です: シルクロードの旅その6(トルファンⅡ)...〝交河故城〟と〝高昌故城〟それは土色一色だが、ロマンを感じさせる空間でもあった:

« シルクロードの旅その5(カシュガル→トルファン)...南疆鉄道で22時間、天山山脈を縫って走る | トップページ | シルクロードの旅その7(ウルムチ)...〝楼蘭の美女〟〝中国のスイス-天池〟 »