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2011年5月29日 (日)

マディラ島は花祭りだったが!?...ポルトガルその2

ポルトガル本土から約1000km離れた大西洋上のマディラ島に3泊した。こんなところもポルトガルだとは知らなかった。レアル・マドリードのロナウドの出身地であると言われ、そう言えば聞いたことがある地名だと思ったのでした。
2週間の日本旅行に来て、3泊も奄美大島に割り当てるだろうか?
しかし、ツアーを終えた今は、あのゆったりと寛いだ日々がとても懐かしく、また貴重な経験をしたと思うのです。

ガイドの説明によれば、海中の大きな山が頭を海上に出している形の島で、最高点は1800mあり、平坦な土地はほとんどない。何処へ行くにも坂ばかり。ロナウドの足腰が鍛えられた訳が分かる。
1年を通して、春のような気候で、年中、いろんな花が咲いている。世界中から花や木を持ってきたから、何でもある。もちろん日本のものも。ちょうど、我々が訪れた時には島の中心、フンシャルで花祭りが行われていた。残念なことに、前祭の「子供たちのパレード」は見られたが、本祭の日に島を離れてしまった。空港で、華やかな本祭の模様が放映されているのを横目で見るにつけ、無念さがつのるのでした。
島は57km×23kmと、結構大きく、変化に富んでいる。内陸は、多様な樹種による深い森林となっているが、昔は島全体が月桂樹林で覆い尽くされていたと言う。その一部が残っていて、〝世界遺産〟に指定されている。
何処へ行っても風景は美しいが、とりわけ印象に残ったのは、フンシャルの街の雄大な全景、エイラ・ド・セラードの垂直に見下ろす谷間の村、高さ580mのジラン岬、カマラデロボスの美しい漁港など...

《フンシャルにて 花祭りも楽しむ》
Photoマディラ島の中心都市フンシャルの夜明け。




Photo_4Photo_5 サンタ・カテリーナ公園。左は1452年建立の礼拝堂。
クルーズ船で訪れる観光客は45万人(飛行機は90万人) 


PhotoPhoto_7同公園の西側にはカジノがあり、その前の緑地に立つエレガントな女性像。通りかかった市民もとても上品だった。



Photo_2 また、同公園の東側にはフンシャルのメインストリート〝アリアガ通り〟が伸びる。ここが花祭りのイベント会場だ。既に多くの人が...



Photo_3Photo_5アリアガ通りの入り口から奥に向かって〝花の絨毯〟が敷き詰められていた。右は空港での歓迎の女性。本祭はこんな感じか?





Photo_7Photo_6この日は〝子供たちのパレード〟が行われた。
行列の先頭はこの子たち。






P5073052P5073082全ての子供たちが、それぞれに花を持っている。







P5073119華やかに、そして賑やかに...




Photo_8P5073106表情もいろいろ...








P5073139P5073135ずいぶん幼い子たちも参加するんですね!


 
 
Photo_9花の絨毯の上には、花のインコが...




Photo_10Photo_11アリアガ通りの中心で民族舞踊が行われていた。 





Photo_12Photo_13これがマディラ島の民族衣装。
踊り子も、とても魅力的!







Photo_14アリアガ通りの東の突き当たりには、カテドラルがある。




Photo_15P5073228_2ラヴラドーレス市場前の花売り
アズレージョも美しい



Photo_16Photo_17地球の歩き方によれば、ポルトガルで最も美しい市場だとのこと。内部の花売り場も大賑わい... 




《モンテでトボガンに乗る》
Photo_8Photo_9フンシャルの山側8kmにあるモンテの聖母教会。
右はファサードの部分にあるアズレージョ。



Photo_10Photo_11なんと言っても此処の名物はトボガン。19世紀からある坂道を下るための橇のような乗り物。これで約2kmを一気に下った。

   Photo_12 
Photo_18 眼下にフンシャルの街と海が見える。




 
《月桂樹林=世界遺産》
Photo_13 太古からの月桂樹林が残る。





《エイラ・ド・セラード》
Photo_15Photo_16一見、空撮のように見えるでしょう?
この日はあいにく霧に覆われていたが、それでも此処のパノラマは凄い。






Photo_17Photo_18標高1094mの山中のこの村の名は、クラル・ダス・フレイラスつまり、「修道女避難場所」と言う。



Photo_19Photo_20内陸の至る所で見られるエニシダ。 
霧の中でもよく目立つ。


 




《ジラオン岬》
Photo_21Photo_22世界第2位の高さ580mの岬からの風景。





《ポルト・モニス》
Photo_19島の最北部にも行く。




Photo_20Photo_21先端には自然のプールがあった。
展望台にはプルテアでデコレーションされた十字架が。
花祭りのためと思われる。


 



《セイシャル》
Photo_23Photo_24〝花嫁のベール〟と呼ばれる、海に落ちる瀧








《カマラ・デ・ロボス》
Photo_25Photo_26〝アザラシの部屋〟と言う名の謂われは、昔、此処に多数のアザラシが居たことによる。1950年代にチャーチルが此処で絵を描いていた。
美しい漁港では、海の男たちがゲームに熱中していた。


マディラ島の地図
Photo_22
 

 

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コメント

こんにちは!
マデイラ島で検索して、こちらへお邪魔しました。

今朝NHKBSで、花祭りをテーマにした番組が放送されて、「こんなに美しい島に一度行ってみたい!」と、すごく憧れてるのですが、実際に行かれたことがあるなんて、本当に羨ましいです。

素晴らしい写真の数々と共に、楽しませていただきました。

その他の地域の旅行記も、時間がある時にボチボチと拝見させていただきたいと思っています。

楽しみにしています♪

ありがとうございました・・・。

投稿: Olive | 2014年11月 6日 (木) 08時56分

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