カテゴリー「旅行記」の記事

2015年8月15日 (土)

鐘楼から眺めた世界遺産の街スプリット...クロアチア追補

スロヴェニアとクロアチアの旅行記は10回(4回+6回)を以って終了したはずだった。
しかし心残りというか、大きな欠落のあるものになってしまったとの思いが強かった。 それは、世界遺産のスプリット(スプリトと言う表記もある)を飛ばしてしまったからだ。
網羅的に書くつもりはなかったけれど、この欠落は大きい。 実は、書こうとしたのだけれど、中心となるべき歴史的建造物の写真が撮ってないのだ。余程、この日は集中力が無かったのだろう。

でも、なんとかならないか? 撮った写真を見直して見る。
発見があった。
スプリット観光の終わりの自由時間に大聖堂の鐘楼に登ったのだが、上からの眺めはとてもよく、気分爽快で、何も考えず、数枚の写真を撮った。
その中に大きな赤い屋根だけを撮った写真があった。何でこんなもの撮ったんだ?美しかったから。
今になってようやく気がついた。それは大聖堂の屋根だった。さらに、街中を撮った写真には、仔細に見るとディオクレティアヌスが作った城壁(市壁)もちゃんと写っているではないか。
フリー百科Wikipediaにも重要な建造物の写真が載っている。
これらを使って書いてみる気になった。

スプリットが世界遺産である理由、それは...…
ローマ皇帝(在位:284年-305年)ディオクレティアヌスが自身の隠居のために造営した宮殿等の建造物が保存状態良く残って居ることにつきる。
しかし、宮殿建設後、時間が経つと、侵入や破壊もあって、打ち捨てられ、中世が終わる頃には、その存在自体がわからなくなっていた。
1764年、建築家ロバート・アダムの調査により再び日の目を見るようになったわけだが、その時にはゴミで埋まっていて、かえって保存状態が良かったと言う話もある。

そして、ここの特徴は、宮殿の遺構の上にあるいは、その構造物や材をうまく利用して、人々が暮らして居ることだ。
したがって、街を歩いて見ると、どこを見ても異常なくらい古臭さを感じる。それどころか、一見、廃墟じみた場所にちゃんと人が住んで居る。独特の雰囲気だ。
宮殿のオリジナルの広さは、215m×180m。このエリアに今も、2000人以上の人々が暮らしていると言う。
宮殿のエリアを区切る城壁も明確に残っていて、かなりの部分が住居と一体化していたりするのが面白い。

Photo1スプリット中心部の地図&ディオクレティアヌス宮殿の復元図
(海側の銅の門は緊急用だった)





23大聖堂の鐘楼に登る







《大聖堂》
大聖堂の建物としては異様な八角形。何故か?
そもそも、この建物は4世紀初めにディオクレティアヌス帝の霊廟として造られたもの。その後、キリスト教徒たちが大聖堂に作り替えた。ディオクレティアヌスの石棺は行方が分からない...
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上に上がって最初に撮ったのがこの2枚。とにかくこの八角形に惹きつけられた。


8_2この写真が撮ってないのだ。
ネットからお借りした。
外形からは大聖堂とはとても思えない。



Photo_2聖堂内部はこんな感じ
豪華で美しい






《鐘楼からの眺望》
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7




《城壁》
9_29〝銀の門〟の内側と外側
外側(右)の写真はWikipediaより






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12立派な見張り塔





《宮殿跡》
PhotoWiki実はこの2枚、Wikipediaからの借用です。
左は霊廟となっている



《街並み&建物》
Photo_3Photo_4宮殿の遺構と一体化した住居




Photo_14




Photo_5Photo_6路地へ入ると...こちらも遺構と一体化
古く、かつ岩窟へ入ったような







Photo_3Photo_4








Photo_8Photo_7ガジェブラータ広場ので
お掃除中!




Photo_2この女性は何を撮る?





《宮殿エリア内と周辺でのスナップ》
Photo_5Photo_6魚市場の哲学者(市璧の中)




Photo_7Photo_15道路を挟んで対面(トイメン)の風景
左は城壁南面を外から見る



Photo_9鐘楼下で




Photo_11Photo_10〝黄金の門〟前
此処は音響効果が良いということで男性コーラス(クラパ)が常時歌っている






《さよならスプリット、さよならクロアチア》
Photo_13Photo_12海上から見たスプリット
宮殿の鐘楼が見える
あの上に登ったんだ


今度こそ終了です。

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2015年8月 6日 (木)

ドブロヴニクで考えたことは?...クロアチアその6(おわり)

今回の旅で、ひとつ気にかけていたことがあった。
それは、旅行中、1990年代の内戦の傷跡がどの程度見られるか、だった。結論的には、このツアーでは、ほとんど目にすることが無かった。
只々、美しく、平和な土地と言う印象を受けた。
でも、そんなはずはないでしょう。探せば傷跡はいっぱいあるはずだ。建物や土地に、そして人々の心に...

ツアーの締めくくりはやはりドブロヴニク。
最初に、海抜412mのスルジ山にケーブルで登る。城壁でくっきりと象られたドブロヴニクの旧市街が美しく広がる。
内戦ではこの市街の70%が被害を受けたと言うが、完全に復旧されている。それでもと、眼を皿にしてみると3か所ほど、廃墟のままの部分が見つかった。(それが戦争によるものかどうかは確かめてはいない。)

全長1940mの城壁を一周して写真を撮る。
街の中を写すと、赤い屋根ばかり、ちょっと面白みに欠ける。要塞や港がアクセントになる。
城壁からの一番の写真は、メインストリート〝プラツァ通り〟の突き当り、ピレ門のそばにある〝オノフリオの大噴水〟。噴水にしては巨大な建造物。壁面に16の顔の彫刻と蛇口がついている。ドームの裾に腰かけている人々の姿が印象的だった。

街の中の散策は、観光客が多すぎて、ちょっと辟易。路地に入るとホッとする。
港の近くで、これから結婚式らしい一団に出会う。街の中で記念撮影していたようだが、残念ながら見ていない。
その場を後に、港に出ると、とても賑やかなムード。チャーター船に着飾った人々が満載。これから船上結婚式だろうか?考えながら、水路越しに離れた場所から船の様子を撮っていると、大きな拍手。
花嫁・花婿が船に乗り込もうとしている!飛んで行ったが、乗り込む姿は撮れなかった。
それでも、旅行の最終盤に、幸せいっぱいの人々に逢えて、心和む思いでした。

長々と(スロヴェニア4回+クロアチア6回)書きましたが、この旅行記は一旦、これで終わりにします。

《ドブロヴニク遠景》
Photo_39Photo距離が遠く、鮮明さに欠けるが。
「絶景写真ポイント」のひとつから



《スルジ山に登る》
Photo
堅固な要塞があった。
今は戦争博物館が置かれている


Photo_2ケーブルで




Photo_3山上に美人が待つ




《ドブロヴニク旧市街全景》
Photo_4



《内戦の傷跡を探す》
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Photo_5122




《巨大な城壁》
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6_26_3







8プロチェ門
守護聖人ブラホ像が街を守る



《港》
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7_2Photo_6




《時計塔~プラツァ通り~大噴水》
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メインストリート「プラツァ通り」
西端に大噴水
東端は、時計塔のあるルジャ広場





8_2オノフリオの大噴水




Photo_10Photo_12時計塔と市庁舎







Photo_3488プラツァ通りで見つけた







《旧総督邸~大聖堂ほか》
8_48_3総督邸のエンタランスで







Photo_13大聖堂




Photo_14聖ブラホ教会




Photo_17ドミニコ修道院回廊




Photo_18Photo_19同聖堂内
ティツィアーノなど、優れたものがある







Photo_15Photo_16フランシスコ会修道院
左は〝ダルマシア犬〟の柱頭



《路地》
Photo








《船上結婚式》
Photo_21Photo_22








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Photo_23Photo_25




《アドリア海の朝~夕》
Photo_33Photo_32ドゥブロヴニク近傍







      ★     ★     ★
《スロヴェニア、クロアチアの人々は?~The End》
Photo_27




Photo_36Photo_28





Photo_30Photo_31







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The_endThe End



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2015年7月31日 (金)

ストンへ行く、それは再会を意味した...クロアチアその5

旅はいろんな〝出会い〟を用意してくれる。

その多くは、偶然の出会い〝遭遇〟でしょう。美しいもの、面白いものだと、写真に撮りたくなる。それが何らかの意味で貴重なものになりそうなら、もう〝一期一会〟ですね。
写真マニアなら、「コンテストものだぞ、このシーンは!」となる...

ところで、今回取り上げたストンで、ある意味の〝再会〟を果たした。
再会とは広辞苑によれば、「長い間分かれていた人どうしが、再びあうこと」 ...

ストンなんて、全然知らない。何のゆかりもないと思っていた。
ツアーでもあまり重きを置いていない節があった。唯一はっきりしているのは、夕食を此処の名物の「牡蠣料理」を食べることだった。
この料理を食べたレストランが再会の仲立ちになった。

「一滴の水、一粒の塩  」...このシンプルでありながら重そうなフレーズ…これは2005年愛知万博のクロアチア共和国館のテーマだった。
同館のある展示室に入ると、白い塩を一面に敷いた、そう、塩田を模した造りになっていた。そして、観覧者が居る場所がせり上がり、下を見ると、その敷き詰めた塩がスクリーンになり、そこにクロアチアを紹介する空撮映像が写しだされる仕組みになっていた。
その中に塩田風景もあった...

万博は終わり、記憶からは完全に消えた...

それから10年、塩田で有名だと言うストンを訪れた。
ストンの塩田は、ローマ時代から存在し,それぞれの時代において、地域の経済を支えてきた。特にドブロヴニク共和国の時代には最大の収入源だったと言う。

塩田近くのレストランで食事が終わって立ち上がりかけた時、マスターが会いたいとのこと。何事かと思ったら、私が愛知県の人間だからというのだ。
そして、見せてくれた。愛知万博の事務局から贈られた感謝状を。
そこには、あの「・・・一粒の塩」の文言も書かれていました。
このマスター、Svetan Pejić 氏は、愛知万博で、クロアチア館の塩田に関する指導を行った、と語った。 握手し、記念の写真を撮った。
万博のクロアチア館の展示が走馬灯のように甦る。
そうか、あの時、展示室で見た塩田の空撮映像はストンだったのだ。そして今、現実のストンに居る!
忘れかけていた懐かしい旧友に再会できたことを悟った瞬間だった。

《スプリト→ストン 車中撮り》
Photo_4ストン位置図




0美しい海岸線に思わずカメラを向ける




0_20_3ブルー一色の世界



1_21偶然の出会い?
教会をとろうと思ったら







2_22パラセーリング!




2_42_3田園や村も




《ストンの城壁》
ストンには、ヨーロッパ第2位という長さの城壁がある。保存状態もいい。
これに途中まで登る。
ストンの小さな町や塩田が綺麗に見えた。
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45登る→下る








5_2城壁の最下部は街の中へ...




5_3聖ニコラ教会




《塩田》
66_2城壁からの眺め






7塩田が綺麗に見える。




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10Svetan Pejić 氏と握手




Photo_2Photo_3愛知万博事務局からの感謝状





16名物「牡蠣のスープ」
ボイルした牡蠣が6ピース



《牡蠣養殖風景》
12レストラン近くの牡蠣作業小屋
夫婦だろうか、仲良く作業中



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17ストン付近は有数の牡蠣生産地




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2015年7月28日 (火)

〝ラヴェンダーの島〟フヴァルを訪ねる...クロアチアその4

クロアチア南部ダルマチア地方の沿岸、アドリア海に浮かぶ東西80Kmの細長い島〝フヴァル島〟とは、どんな処か?
今回のツアー...その謳い文句が「フヴァル島も行く」。この「も」の意味?普通は行かないということだろう。私も予備知識は皆無。そもそもどこにあるんだ?
Photo






旅行後の今なら、確信をもって語ることができる。
フヴァル島は次のような顔を持っている。

1.ヨーロッパ一日光の当たる島 美しきアドリア海
 フヴァルは非常に温暖な地中海性気候、美しい砂浜、地中海性の植生を持つためヨーロッパ中から観光客がやってくる。年平均日照時間は2715時間にも達する。
海にはヨットや遊び船が無数に浮かび、ビーチには水着姿の男女が甲羅を干す...

2.ラヴェンダーの島 
 
 
 この島は紀元前4世紀にギリシャ人の植民地となって以来、いろいろな人々が移り住み、生活を営んできた。
漁業もあるが、中世の頃からすでに果樹とともにラヴェンダー栽培が盛んだったようだ。その目的は精油や石鹸の香料を得ること。地域を支える重要な産業なのだ。
 島は小規模な平地と、残りの大部分は山がちな地形からなる。平地部分には葡萄が、そして、驚いたことには山はほとんどすべてと言っていいほどラヴェンダー畑なのです。
特徴的なのは、畑の区画割が石積みで出来ていること。

3.世界遺産スタリーグラド= クロアチアの代表的ワイン産地
 ひょっとしたら、〝世界一地味な〟世界遺産かも?写真も撮りようがない!
素人目には、何処が世界遺産だ?と言いたくなるでしょう。
でも!なんと、この地には、2400年前にギリシャ人が作り出した生活風景が受け継がれているのだ。
 この島は元々石ころだらけで農業には向かない土地柄だが、ギリシャ人たちはこの石ころを積み上げて区画割をし、土や水がそれぞれの畑から流失しないような仕組みを作った。これにより、葡萄とオリーブの栽培が営々と行われてきたのです。
今でもこの地は、クロアチア有数のワイン産地なのです。

4.アガバの幻のレース
 こんな伝統的美術品がここに存在するとは!
ベネディクト会修道院には付属の博物館があり、ここにアガバすなわちリュウゼツランの葉から取り出した繊維で編んだレースの展示を行っている。
そこに組み込まれる模様は修道女たち自らが考えだし、綿々と受け継がれてきたもので、とても珍しく、そして美しい。

以下、写真で...

《港からフヴァルの街へ》
Photo_21スプリットからフェリーで




Photo_32フヴァル港
旧市街北側高台に建つ城塞よりの眺め



Photo_42_2フヴァル港の様子




34街へ入る




5街の中心、聖ステパノ広場
奥に見えるのが聖ステパノ大聖堂


Photo_11Photo_12何処へ行っても、必ず路地を覗いてみる。
左;人の多い路地
右;人のいない路地






Photo_13城塞を望む階段路地










《幻のレース...ベネディクト会修道院博物館》
6
このモダンな建物がベネディクト会修道院の博物館






76_2左;博物館の表示プレート
フヴァルの作家ハンニバル・ルチッチが寄贈した。
右は日時計らしいが、仕組みが分からぬ。

89修道女たちが考案し編んだレースの数々






1110




Photo_511_2その他の展示品








《これぞアドリア海...リゾート気分全開!》
12対岸に見えるのがフランシスコ会修道院
絵画コレクション充実



Photo_6Photo_7




《山はどこまでもラヴェンダー畑》
Photo_14Photo_15フヴァルの山上を行く




Photo_16石積みの区割りのラインが見える




Photo_17Photo_18こんな感じでラヴェンダーが




Photo_19Photo_20




Photo_21



Photo_23これはスロヴェニアのある花壇のもの
観賞用と香料採取用ではかなり違いがある



《スターリ・グラード平原...見栄えのしない世界遺産》
Photo_24Photo_25これがスターリ・グラード平原なり




Photo_26Photo_28葡萄がたくさん植えられている




Photo_29Photo_31これが世界遺産たる所以(ゆえん)の石積みの区割り
紀元前4世紀のギリシャ時代から受け継がれてきた。


Photo_32Photo_30




Photo_34Photo_33フヴァルのガイドさん



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2015年7月25日 (土)

中世建築の宝庫ザダル〜世界遺産トロギール(絶景写真も)...クロアチアその4

この紀行文は、網羅的に書くつもりはなく、印象的なあるいは面白い写真が無ければ飛ばすつもりです。そんな写真がないということは、興味がわかなかったか、集中力が途切れていたかのどちらか。

今回は、ザダルとトロギール。
同じ日にシーベニク(世界遺産)も行っているが、有意な写真が無い!

《中世建築の宝庫ザダル》
ザダルは、世界遺産でもなんでもないが、印象に残った街だ。
観光のポイントは、ローマ以来、ビザンチン、ベネチア、オーストリアの支配を受け、各時代の歴史的建築が残って いることだ。「中世建築の宝庫」とされる。

その代表的建築である、聖ドナト教会(9世紀プレロマネスク)の鐘楼に登ってみた。展望もよかったが、らせん階段の途中で見られる鐘は古いままで、その造作・仕掛けが、とても興味深かった。

人民広場では、子供達がフォークダンスをやっていた。
自由行動中だったが、外には行かず、可愛い動きを見つめ ていました。男の子と女の子がペアーになって踊る。女の子の動きが躍動的。男の子はおずおずと...

この辺りは、地理的にはダルマチア地方と呼ばれる。なんと、お誂え向きにダルメシアンを連れた人が。

Photo_3Photo_4ローマ時代の公共広場フォーラム
左は9世紀のロマネスク円形教会「聖ドナト教会」。ローマ時代の神殿の石材使用。


Photo_5Photo_6聖ドナト教会の鐘楼
これに登ってみた。







Photo_75




Photo_8




Photo_9Photo_10展望良し







Photo_11Photo_12左;聖ストシャ教会




Photo_14Photo_20旧市街の中心広場にて






Photo_15Photo_16子供たちのフォークダンス




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Fish4wishFish4wish_2路地でみつけたもの
Fish4Wishとある
ロヴィニの雑貨屋にも置いてあった





Photo_18Photo_17なんというアイスクリーム






Photo_19お馴染みのダルメシアン
此処、クロアチアのダルマチア地方原産







《トロギール...絶景写真を撮る》
トロギールには世界遺産の聖ロブロ大聖堂がある。
最大の見所はロマネスク様式の正門。手の込んだと言うか、豪華 絢爛の彫刻で埋め尽くされている。
アダムとイブの像が両側を飾っているのが印象的。クロアチア中世美術の傑作。

トロギールでは特別の収穫があった。
ガイドが、〝トロギール遠望の絶景写真ポイント〟に案内すると言うのだ。
そこは、トロギールの島の対岸の高台だっ た。まさに絵になる風景。
10分ほどの滞在なので、最良のビューポイントを探せなかったが、何とか写真に収めた。 天候、時間帯によってはとても印象的な写真が撮れそうだ。
ネットで調べてみたが、この視点からの写真は皆無であった。

1トロギールを遠望する絶景写真ポイントから撮ったが?



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43



6世界遺産聖ロヴロ大聖堂




7正門の装飾彫刻はラドヴァンの傑作







8_28両側にアダムとイブ像が彫られている








8_39教会内








10北門




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《シーベニクでのスナップ》
13141003街の色彩が気になる










15貝殻売りの少年

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2015年7月21日 (火)

奇跡の美しさ〝プリトヴィッツェ湖群国立公園〟...クロアチアその3

〝プリトヴィッツェ湖群国立公園〟の世界遺産登録(1979)理由は「ひときわ優れた自然美」。
ひとたびここを訪れた人は、他に理由はいらない、と必ず言うだろう。
何故に美しいのか?

深い森の中をエメラルドグリーンの川が流れて行く。延長8Km、標高差140mが大小16の湖と92か所の滝を作る。 途中で二つの川が合流し、複雑さ増す。
こんなに際立って特徴的な景観⇒多くの湖と滝ができてしまうのには、ちゃんと理由がある。
一帯は、ドロマイトと石灰 岩のカルストで出来ているからだ。
溶けだしたカルシュームなどの沈殿と、コケ類・藻類・バクテリアなどの光合成が造 った石灰質堆積物(石灰華)が、自然のダムを造るのだ。
この石灰華の成長は世界一早く、1~3cm/年。通常の10倍以上だと言う。
それでもこのような景観ができるまでに 数千年が必要だった。

湖群は紺碧、紺青、灰色など、美しい色彩を持つ。含有されるミネラルや有機物によるもので、その量や日照の角度 などで絶え間なく変化するようだ。

観光に訪れた人々は、公園内に張り巡らされた遊歩道を歩くことになる。
遊歩道と言っても、滝や流れの飛沫がかかるくらいのダイナミックさがあり、また静かな流れの上や間近を通ると、魚や鴨が居た。
緑なす岸 辺には紺青色のトンボが居た。数は少なめだが、お花も...

森の深いグリーンと湖の明るいブルーが時には対立的に、また時には混然となり、われわれに迫ってくる。〝美しい 〟...この言葉しか出てこない。 奇跡だ。

PhotoPhoto_2入場チケット
(プリトヴィッツェ湖群国立公園)


788湖群公園としての特徴が分かる




790湖と湖の間の段差に滝ができる








792361高台の遊歩道から見るとまるで空撮写真のよう
左;望遠200mm 右;標準38mm



795794




5Photo_3遊歩道を行く
迫力満点
右は公園保全のGメン


5_2Photo_4水上を歩く感覚がいい
足元には魚がたくさん



874滝の近くにも寄れる







865869




826水の流れは変化に富む




902Photo_5








Photo_610倒木にカモ







Photo_711




Photo_8Photo_9




12花は花でも







Photo_10父と子の舟遊び
船に乗れる場所も一部にある



14blue_in_gren_sブルー・イン・グリーン
この公園の特徴的カラー


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2015年7月17日 (金)

首都ザグレブ~現代の桃源郷ラストケ村~ケーキが美味しいサモボル...クロアチアその2

ツアー日程のほぼ中日。クロアチアの首都ザグレブとその周辺を訪れた。
ザグレブでは歴史と文化の蓄積に裏付けられた重厚な街並みを歩く。〝聖母被昇天大聖堂〟ではその巨大さ・荘厳さに驚き、そしてまた、〝聖マルコ教会〟では屋根全体をモザイク紋章を描いたキャンバスにしてしまった秀抜さに唖然とする。
一方、新市街には青色の美しいトラムが走り、ファッショナブルな店が並ぶ。
古くて新しいヨーロッパを堪能した。

一転して、時間が止まったような美しい〝ラストケ村〟を訪れた。ここを現代の桃源郷と称する人もいる。
さらに、美味しいケーキがあるからと、20Km離れたサモボルへ。

《ザグレブ》
Photoイエラチッチ総督広場
ザグレブのまさに中心に位置する
ここから北側は丘陵=旧市街、南側=新市街


42広場をトラムが走る
遠くに聖母被昇天大聖堂が見える



Photo_3Photo_4聖母被昇天大聖堂
右は朝早く撮った。







Photo_6Photo_5素晴らしいステンドグラス
描かれた内容を読み取れると面白いのだが










Photo_7Photo_8聖マルコ教会
紋章は左が16世紀のクロアチア、右がザグレブ市の紋章


Photo_10青果市場ドラツの入り口に立つ行商の女像







Photo_11Photo_12これは朝早く。準備中。




Photo_13ラベンダー売場





Photo_18気になるものは何でも撮る




Photo_14失恋博物館
若いカップルに人気
展示内容の例→こちら





Photo_17ネクタイ屋さん
ネクタイはクロアチアが発祥の地だとのこと。
昔、クロアチアの兵士は赤いスカーフを纏っていた。それは、恋人や妻から無事に帰れるようにと贈られた、おまじないの品だった。



PhotoPhoto_2〝ニコラ・テスラ〟のプレート
現在の交流送配電システムの礎を築いた人ですね。
エジソンとの確執は「交流と直流の確執」でもあった...
クロアチアが誇るべき巨人


Photo_19夜のホテル近くの路地で
聞くところによると、クロアチアの有名なシンガー・ソングライターだとのこと。しばし聞き惚れる。





《ラストケ村・・・水の上の桃源郷》
ザグレブからプリトヴィッツェ国立公園に向かう途中に寄る。二つの川が落差を持ちながら、かつ幾重にも分流しながら、ぶつかり合う珍しい地形。そんなところに村があること自体不思議な気がしてくる。文化遺産の指定がなされている。
激しい流れがあり、いくつもの滝があり、家の脇どころか、家の中を貫通して水が噴き出しているように見える、まことに不思議な風景だ。「水の上の桃源郷」。
Photo_20Photo_21




S






Photo_22Photo_23








Photo_24村の入り口に掲げられていた




《サモボル》
Photo_25こじんまりした、美しい街並み




Photo_26サモボル・クレムシュニッテで有名な店
〝カフェ・リバディッチ



Photo_27Photo_28店内の様子







Photo_29中庭がとても美しかった





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2015年7月13日 (月)

イストラ半島の珠玉の街を巡る/世界遺産もあるが路地のスナップ撮りが楽しい...クロアチアその1

《イストラ半島ってどこ?》
スロヴェニアの港町ピランから、国境を越え、クロアチアへ。
アドリア海に大きく突き出たイストラ半島を巡った。
対岸のイタリアは地理的に近く、歴史的にはローマ帝国、ヴェネチア共和国に統治されたこともある。このこともあり、第1次世界大戦後、しばらくこの半島全域がイタリア領になったこともあり、イタリアの影響を強く受けた地域である。

そんなに広くもない半島なのだが、それぞれに特徴を持った珠玉のような都市が点在している。このツアーでは、ピラン→ポレチュ→ロヴィニ→プーラ→リエカ と周った。

Istria赤ラインはツアーで周った都市




《黒猫が御挨拶》
唐突ですが、まずは黒猫の写真から。
ロヴィニの路地で見つけた。
ふと覗いた路地。奥に色彩の美しい建物。ポツンと黒いものが見えた。猫だ。危うく見過ごすところだった。距離は約40m。まず20mほど進む。動かない。さらに10m...徐々に距離を詰め、最後は3m。よく我慢してくれたね。
Photo_12Photo_14Photo_13








《世界遺産エウフラシス聖堂・・・ポレチュ》
6世紀に造られたモザイク画が初期ビザンチン美術の秀例として、世界遺産に登録された。イタリア・ラヴェンナのモザイク画に匹敵するものとされる。
4_55
聖堂入口の黄金のモザイク







PhotoPhoto_3聖堂内




4_24中庭の風景








6_2博物館の展示品





《円形闘技場他 プーラ》
Photo_11空撮(Wikipedeaより)
愛知県碧南市と姉妹都市



Photo_4Photo_51世紀に建設、保存状態良好
長径130m 25000人収容



Photo_6Photo_8アウグストゥス神殿&セルギィ家の門









《楽しき路地歩き ロヴィニ》
目立った観光ポイントがあるわけでないが、迷路のような街を歩くと、いろんなものに出遭って退屈しない。冒頭の黒猫もこの街で見つけた。
Photo_15Photo_16
旧市街の中央にある聖エウフェミヤ教会



Photo_17ロヴィニの象徴的街風景




Photo_19立ち話








Photo_20洗濯物通り








Photo_18何の店?
とても面白そう...




15お菓子屋さん?(これのみポレチュ)




《一期一会の出遭い》
ツアーの移動時や自由時間に撮ったスナップを。
Photo_24地の人たちの団欒(プーラ)




11_212_2声をかけると気さくに応じてくれた
(ポレチュ)



9_3手を繋いで(ポレチュ)




Photo_25イケメンの売り子(プーラ)




13_2傘売り娘(ポレチュ)








10_2玄関口で(ポレチュ)








Photo_21路地のオートバイ(ピラン)








Photo_22犬を連れて(プーラ)





Photo_23御主人は?(リエカ)

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2015年7月 8日 (水)

首都リュブリャナは美しい街だった...スロヴェニアその4

ここで、スロヴェニアってどこにあるのか、前3回の記事の場所はどの辺なのか、確認しておこう。
多分よく分からない人が多いと思う。私を含めて...〝99%行かないかもしれない世界の秘境〟というTV番組があって、スロヴェニアがとりあげられたことがあるくらい。
PhotoPhoto_2




ツアー4日目に、首都リュブリャナを訪れた。
ユリアン・アルプスやブラッド湖、鍾乳洞などの自然美を見る日々が続いていて、初めての都会だった。見るモノがあまりに違うのに戸惑い、集中力が無かったか、呆然と街を歩いていたように思う。
しかし、帰国後、撮った写真を見てみると、とても美しい街であることが分かった。
教会や公共の建物はルネッサンス、バロック、アールヌーボーといった様々な様式を持ち、それらが街並みに調和しているのだ。
リュブリャナ...優しい響き...スロヴェニア語の〝最愛の〟を意味する。
無意識だがたくさん撮った写真を、ガイド書と照らし合わせながら、リュブリャナの街歩きを再現してみた。

《プレシェーレノフ広場》
1_21詩人プレシェーレンの銅像が建つ街の中心広場
彼の詩がスロヴェニア国歌に






24デモ隊が...




《三本橋》
プレシェーレノフ広場のすぐ傍、リュブリャニツァ川に架かっている橋だ。旧市街と新市街を結ぶ。街のシンボルの一つ。
名の通り、三本も橋が架かっている。真ん中のアーチ橋が古く、元はこれ1本だった。何度も架け替えられたが、今あるものは1842年建造。そして、1929年に歩行者専用の橋が2本付け加えられた。
それぞれ、有名な建築家のなせる業だが、建築家は遊び心(時には芸術心)があるからねぇ。
56〝三本橋〟
右の空撮写真を見ないとよく分からない



《竜の橋》
6_36_2橋の両端、欄干部分に威風堂々の竜が
三本橋のすぐ隣り






《リュブリャナ城》
1144年建設。ケーブルカーで上に行ける。
城の見張り塔は1848年に遡り見張り番が住み込み、火事の警告や重要な来訪者や出来事を大砲で知らせる義務があり、現在でも続いているそうだ。
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8_28見張り塔の上に人が見える







《セント・ニコライオス大聖堂》
Photo_310全景はなかなか捉えにくい
緑のドームと二つの塔が特徴







119正面入り口







11_212入口扉のレリーフは凄い
1996年、ローマ法王パウロ二世の訪問を記念して造られた。
スロヴェニアの歴史が描かれている。







1413ちょっと変わったステンドグラス







15ピエタ
とても美しい




《リュブリアャナの街を歩く》
1616_2フランシスコ会教会
とても美しく素敵な建物だ






16_316_4右は土地登記所のようだ
左下の名板を拡大すると字が読めました。
(原データで)





以下、街角スナップ
街には上品な色彩が溢れ、スロヴェニア美人が行く。
人々はとても素朴...
1718チョポヴァ通りを行く
(中心部の歩行者専用街路)



1919_2




19_419_3


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2015年7月 4日 (土)

世界遺産の鍾乳洞&洞窟で適応進化したホライモリ...スロヴェニアその3

スロヴェニア国内の旅程には鍾乳洞の見学が含まれていた。
鍾乳洞なんて、暗くてグロテスクなだけだろう、写真も期待できない。と、番外扱いをしていたが、これが意外に面白く、また、風景としても印象的だった。
ところが、内部の写真は皆無。二つの鍾乳洞へ行ったのだが、世界遺産のシュコツィヤンは撮影禁止、ポストイナはトロッコ列車で回るというものだから写真は結局、無し。
記事にしにくい状況だが、今回のツアーの中でも印象深い方に入るから、少しでも触れておこうと思う。

《シュコツィアン鍾乳洞》
やはり、シュコツィアン鍾乳洞が凄い。
巨大な100m近い大洞窟内にレカ川が流れ、45mもの深い渓谷にかかるシェルツヴェニコヴィム吊り橋は、最大の見ものであり、圧巻だった。
そして100m近い大空洞の壁面を彫刻刀で削りとったように造られた遊歩道が大きく上に下に波を打って延々と続く。遊歩道のみが照明されていて、遠くから眺めると長い長い光の線が大洞窟の中をうねって行く。クリスマス飾りのようにLEDのラインがかけられているような錯覚を覚える。

Photo以下の写真は、公式パンフによる
地上はこんな風か。










Photo_2Photo_3左がシェルツヴェニコヴィム吊り橋












《ポストイナ鍾乳洞》
多くのツアーはポストイナの方だけのようだ。
こちらはトロッコ列車で鍾乳洞内をまわるというもので、エンターテイメント性が強く、実際に人気があるようだ。
鍾乳洞そのものを比較すれば、圧倒的にシュコツィアンが素晴らしい。
ただ、ここには、オモシロイもの、いや「ヤツ」が居るのだ。
名前はProteus anguinus=ホライモリ。
白人の肌色に似ていることから、スロヴェニア語の〝人の肌〟を意味する človeška ribicaと呼ばれていると言う。
また、ドラゴンの幼体だとする民間伝承もあるようだ。
スロヴェニアのカルスト洞窟に適応した固有種で、眼はほとんど見えなく、聴覚・嗅覚や電気・機械受容器が発達している。 水中の音波を地上と同じように聞き分けられると言う。
肉食性で、小さなカニや巻貝、昆虫などを食べるが、地下環境への適応として、長期間の飢餓に耐えることができ、深刻な場合には自身の体を再吸収して耐え、実験によれば、何も食べずに10年間生きた記録があるそうだ。
私は、生物進化論が大好きな人間で、大いに興味を持った。ポストイナ鍾乳洞には、この動物の展示水槽が設置されているのです。

このホライモリ君、大小のぬいぐるみになってあちこちの売店で売られていました。
こちらの方がホントの生態を表しているようなところもある。
ただ一人購入されたRさんに写真をいただいた。

PhotoProteus anguinus ホライモリ
体長は20-30cm

Photo_2
愛嬌ある「ぬいぐるみのホライモリ君」





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